第9話


「そういえば柏葉さんって398の声に似ているよね?」


 学校の昼休み。

 俺の席の周りでクラスメイトの女子数名が陣取ってガヤガヤと話していた。

 もちろん話し相手は俺ではなく隣に座る美琴。


 最近わかったことだが、美琴……というか咲耶は家では騒いだり突拍子もない行動にでたりと

 アクティブな性格なのかとおもっていたが、それは家だけで一歩外にでたら、猫をかぶったかのごとく大人しかった。


 元に今も女子たちの話の話題は美琴のことだが、本人は俯いていた。

 ……早い話、内弁慶ってやつだ。


「そ、そうかな……?」


 美琴はか細い声で答えていた。


「たまたま動画サイトみてたら珍しくやってたフリートークを聞いたんだけどさ……」


 女子の1人が話しているフリートークは俺も聞いたことがある。

 398という歌い手は顔出しもしなければ、トークも一切しない。ただ歌うだけだ。

 それでも歌唱力が評価されてある程度のファンがついていた。


 たまたまやっていたフリートークはどうやら録音の機材の故障があったとかで

 急遽、フリートークをしたと話していた。

 慣れていないせいか、辿々しかったことは覚えている。


 ——聞いていたファンたちは珍しい398のトークを楽しんでいたわけだが


「その辿々しい感じがそっくり!」

 

 女子は美琴を指差す。


 たしかに言われてみれば似てなくはないが……


 俺は先週末に母親の墓石の前で聞いた咲耶の歌声を思い出していた。

 ……あの時の曲は398が歌っていたから聞き覚えがあったのだが


「それじゃさ、放課後カラオケ行かない?」

「え…っ!?」

「いいじゃん! この前彼氏と言った時に割引券もらったしちょうどいいかも!」

「それじゃ決まり! 柏葉さんも大丈夫だよね!」

「えっと……その!」


 困惑する美琴。

 断れるはずもなくそのまま流されることに。


 

 Mikoto.K

『いってくるよー』


 放課後、俺にLIMEを送信すると、先ほどの女子たちに囲まれて教室から出ていく美琴。

 

 Sousuke.A

『たまには楽しんでこいよ』

 

 すぐに猫のキャラが滝のような涙を流しているスタンプが送られてきた。


「っと、俺も早く帰らないと……」


 美琴にサムズアップの絵文字を送るとすぐに教室から出ていく。

 

 家に帰るとすぐに制服から私服に着替えてると外にでてバイクのエンジンをかけ、そのままアクセルを軽くふかしてローギアに入れて発進させた。


 向かった先は水色の下地に白い文字で『神崎モータース』と書かれたバイク修理工場。

 工場の脇にある駐輪場にバイクを停めてから、併設する白い建物に入る。


「おつかれさまですー」


 扉を開けていつもそこにいる人物に声をかけるが、今日に限ってその姿はなかった?


「おう、来たか蒼介」

 

 扉の奥は小さなカフェになっている。

 このカフェも神崎モータースの一部となっており、俺のバイト先でもある。


 カフェの店員兼、修理工場の納車のヘルプや修理の受付をやっている。


「あれ、おやっさん珍しいですがカフェにいるなんて」


 俺に声をかけてきたのはここのオーナーである神崎慎一郎さんで通称『おやっさん』。

 

 バイクのオイルなど汚れ、数カ所から糸がほつれた帽子を被りこちらも一部真っ黒になっているツナギを着ながら

 誰もいないカフェの椅子に足を組んで座っていた。


 見た目はコワモテな感じだが、話してみればバイクが大好きなんだなってことがよくわかる。

 昔の特撮に登場するカフェの店長の影響を受けて俺に『おやっさん』なんて呼ばせるぐらいだ。


 たしか年齢は俺の父親と同い年だからもうすぐアラフィフか……。


「ここにくる途中千智をみなかったか? 買い物に行くと言って全然帰ってこねえんだよ」


 千智というのはおやっさんの娘でこのカフェを取り仕切っている人物だ。

 彼女のつくる料理は絶品で、それを目的でここにくる客も少なくない。


「いや、見なかったですよ?」

「そっか……」


 おやっさんは組んでいる足をガタガタと震わせていた。


「まさか千智の身に何かあったわけじゃないよな……」


 頭を抱えながらぶつぶつと呟くおやっさん。

 

「それじゃ探してきましょうか? 千智がいくスーパーの場所は知ってますし」


 俺が声をかけるとおやっさんは「そうか!」と言って立ち上がった。

 

「ホントに気がきくぜおまえは、おまえなら千智のことを任せられるな!」

「はいはい……しょうもないこと言わないでください。 とりあえず行ってきます」


 呆れた表情のまま俺はカフェの外にでた。


  

「千智がいくスーパーはあそこだよな……」


 スーパーがある方向に向かって歩きだす。目的地まではそこまで遠くなかったはず

 千智と一緒に何回か行ったことがあるので場所は覚えているつもりだが……


 記憶を頼りに歩いていくとスーパーがある建物を発見する。


「……やっぱりそうだよな」


 建物の奥で探している人物らしき姿を見つける。

 その前には彼女の知り合いとはいえない男が立っていた。


「いやさ、ちょっとだけでいいから付き合ってくれない?」


 男は相手を見下ろしながら話していくが


「ごめんなさい〜、これからお店に戻らないといけないですので〜」

「少しぐらい遅くなっても大丈夫っしょ!」

「そういうわけには〜」


 ……相変わらず緊張感のない会話だと思いながら俺は男の肩をトントンと叩く。


「何だよ、こっちは取り込み中だ!」


 男は茶髪に無精髭を生やして、コワモテな感じだった。


「すみません、自分のツレに用ですか?」


 俺は男を睨みならが、低い声で話す。


「な、なんでもねーよ!」


 男は怯えた表情をしながらその場を去っていった。

 ……単なる見掛け倒しだったようだ。


「もう〜、蒼介くん、暴力はダメですよ〜」


 ちょっと前の緊迫した雰囲気をぶち壊すようなのんびりした声でナンパされていた女性、神崎千智かんざき ちさとは俺の顔をみていた。


 声のみならず笑顔が絶えないおっとりとした表情に、口元の泣きぼくろ

 それに似合わないスタイルの持ち主。Tシャツの上に薄手のジャケットを羽織っていてもその大きさは隠せていなかった。

 

「暴力って手はだしてないだろ?」

「でもさっきの人、怖がってましたよ〜」

「……勝手にビビっただけだろ、ってか帰るぞ」


 そう言って俺は千智の持っていたビニール袋を取る。


「えっ……でも蒼介くん、用事があるのではないですか〜?」

「用事は済んだよ」


 俺が答えると千智はよくわからないといった表情をしていた。



 千智を連れてカフェに戻るとおやっさんは真っ先に千智を抱きしめていた。


「お父さん、蒼介くんいるんですから〜」


 千智は状況がいまだに理解できないようだ。



「そうだ、蒼介! 今日は飯食っていくか?」


 閉店時間になり、おやっさんと一緒に工場の方の片付けをしていた。

 いつもならそのまま食べていくところだが……


「すいません、今日は久々に親父が帰ってきてるので……」

「そっか、それは仕方ないな、耕史さんに宜しくと伝えといてな!」


 片付けが終わるとすぐに家に向かってバイクを走らせた。


「ただいまー」

 

 バイクをガレージに停めて玄関を開けると……


「蒼にぃぃぃぃぃぃ!」


 咲耶が俺の方に向かって台所から走ってきて……


「ぐえっ……!?」


 そのまま俺に飛びつくように抱きついてきた。


「やっと蒼にぃが帰ってきたよ!」


 咲耶は猫のように顔を俺のお腹にこすりつけていた。


「どうしたんだよ……」


 俺は咲耶の顔を見る。

 咲耶はゆっくりと顔を上げ……


「おなかすいたぁ……」


 と力泣き声で答えていた。


 俺はため息をつきながらも台所に向かって歩き出していった。


==================================


【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もどうぞ、お楽しみに!


別のヒロインが登場!今後どう絡んでいくかは……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る