第8話


「ふぉうにぃ〜!!」


 日曜日の朝、普段よりも早く起きて1人で出かけようと思っていたが

 洗面所で歯磨きをしていた咲耶に見つかってしまう。

 七分袖のTシャツにジーパンといつもよりラフな感じの服装だ。


「ちょっとでかけてくる、留守番まか——」

「わふぁひもひふぅ!」

「歯を磨き終わってから言おうな、はしたないぞ……」


 そう言うとすぐに咲耶口の中を水で濯いではきだした。

 

「私もいく!」

 

 咲耶は俺の前にたち、勢いよく手を上げる。


「……楽しいところじゃないぞ」

「蒼にぃと一緒ならどこでも楽しいから大丈夫!」


 何そのわけのわからない理由!?


「しょうがないな……ただ、その格好だと寒いと思うから上に何か着ろよ」

「え……う、うん。わかった」

 

 咲耶はこの暑さで上を着るの?と、言いたそうな顔をしていた。


 

「蒼にぃ……!」


 咲耶が薄手のパーカーを着ながら外にでてくると驚きの声を上げる。

 驚いたのは俺の隣にあるものを見たからだと思うが。


「バイク運転できたの!?」

「なんだよ『超意外!』みたいな言い方」

「全然そんなイメージなかったし」


 俺はネイキッドタイプのバイクにまたがり、イグニッションキーをまわしてエンジンをかける。

 この前エンジンオイルを交換したから音から調子はすこぶるよさそうだ。


「蒼にぃ、どうやって乗ればいいの?」


 咲耶は困った表情のまま座席の横に立っていた。


「っとその前にだ……」


 ハンドルにかけていた、フルフェイスのヘルメットを咲耶に渡す。

 

「これって被ればいいだけ?」

「首元をある程度しめないとだけど……」


 説明するも咲耶は理解できないようなので、バイクから降りて咲耶の首元のバックルを持って調整をする。


 (そ、蒼にぃ顔近いよ!? さ、さっき歯磨きしたから大丈夫だよね……)

 

「苦しくないか?」

「う、うん……」

「どうしたんだ?」


 さっきよりも咲耶の声が小さくなっていた。


「だ、だだだ! 大丈夫だから心配しないで、うん!」

「お、おう……」


 あまり腑に落ちないが、再度バイクのシートに跨り、咲耶の方に向けて手を差し伸べる。

 咲耶が俺の手を取ると、そのまま引っ張るように俺の後ろに誘導する。



 

「しがみつくように全体重を俺に乗っけていいから、っていうかそうしないと危ないからな」

 

 俺の指示に従って咲耶は俺の背中にピタッとくっ付く。

 背中から咲耶の体温や鼓動などが聞こえてくる感じがする。

 ……微かに何かが当たる感じもしなくもないが、意識しないようにしよう。うん。


「出発するぞ、ちゃんと掴まってろよ!」

「う、うん!」


 咲耶の返事が聞こえると、ギアをローに入れて発進させた。


 (奏にぃの背中暖かい……)



 バイクを走らせること1時間ほどで目的の場所へと到着する。


「都筑霊園……」


 霊園の入り口にある表札をみて咲耶が呟く。


「咲耶、置いていくぞー」


 咲耶が止まっている間に俺は中に入っていく。


「蒼にぃまってよー!」



 途中で桶と柄杓をとって霊園の奥へと進んでいく。

 

「蒼にぃ〜! どこまでいくの!」


 後ろで咲耶が俺に近づくために走っている。

 見ていて、今にも躓きそうで怖い。


 目的の墓石を見つけて、目の前に立つ。

 その後すぐに息を切らしながら咲耶が俺の元に辿り着く。


 俺の目の前にドッシリと存在感を醸し出している墓石には『天城家之墓』と刻まれていた。

 その後ろに建てられた塔婆には……


「ママと私の名前がある!」


 俺の横で咲耶は自分の名前が書かれた塔婆を指差して大声をあげていた。

 

「いやいや、楽しそうに言うところじゃないだろ!」

「だってこんなこと滅多に経験できることじゃないし!」

 

 たしかに言われれば、咲耶と同じ状況にならなければ、自分で自分の塔婆を見ることなんて経験できないだろう。


「そっか……今日なんだね」


 咲耶は塔婆に書かれた日付をみて呟いていた。

 

 10年前の今日は母親と咲耶は交通事故で亡くなった日だ。

 これまでは父親と一緒にお参りに来ていたが、仕事が忙しくなってからは俺1人でくることが多くなった。

 バイクがあるので自分1人でこれるようになったのもあるが……。


「私はこう言う形になったけど、ママはここに眠っているんだよね」

「そうだな……」


 俺は持ってきた線香着火機を使ってお線香に火をつける。

 ゆっくりと煙があがっていくと甘い匂いが鼻の中に広がっていく。


 半分に分けたものを咲耶に手渡すと香炉に置いてから手を合わせる。

 俺も残った線香を香炉に置いてから咲耶の後ろで目を閉じてから手を合わせる。


 (母さん、何言ってるか理解できないかもしれないけど咲耶が戻ってきたよ)


 これから始まり、最近あったことや父親が仕事を頑張りすぎてるから体を休めるように言ってほしいと

 思っていることを報告し、最後に……


 (俺、もう一度咲耶の兄としてアイツのために頑張るよ)


 そう伝えると俺は目をゆっくりと目を開ける。

 目の前には咲耶が立っているが、まだ手を合わせていた。


「あ、蒼にぃおまたせ」


 少しして咲耶は俺の方を向く。


「ずいぶん長かったな」

「うん、ママと話すの久々だから話し込んじゃった」

 

 えへへと照れた表情を見せる咲耶。


 (ママ、蒼にぃのことは私に任せて!)


 

 桶の中の水を柄杓で墓石にかけていく。

 今日も日差しが強いせいか水をかけてもすぐに乾いていく。


「それじゃ、そろそろ帰る——」

「あ、ちょっと待って!」


 咲耶はもう一度墓石の前に立っていた。


「どうした? まだ話し足りないのか?」


 そう言って咲耶の方を向いて驚く。


 咲耶は自分の胸の前で手を組み、ゆっくりと口を開く。

 おそらく外国語の歌だろうか……耳に残る音域が辺りに広がっていた。


 ……あれ?どこかで聞いたことあるような?


 どこで聞いたか考えているうちに咲耶の歌は終わっていた。

 思わず俺は拍手をしてしまう。


「拍手は大袈裟だよ……」


 咲耶は両手をぶんぶんを手を振っていた。


「咲耶、今の歌は……歌詞からして日本語じゃないけど」

「レクイエムだよ 亡くなった人を神の元に送るための聖歌」

 

 レクイエムは聞いたことはあるが……。


「何でそれをすぐに歌えるんだよ」

「あっちに住んでいた時に通ってた教会で聖歌隊に入っていたからね」

「へ……へぇ」

 

 すごいことはわかるが……うまくイメージをすることができなかった。

 


 墓石の前で最後に母親に挨拶をして、霊園を後にする。

 帰りの運転をしながら咲耶が歌っていたレクイエムをどこで聞いたのか考えていた。


 信号待ちをしている時に、ふと思い出す。


「そうだ、398の動画だ!」


 思わずでた声に後ろにいる咲耶が驚いていた。


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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もどうぞ、お楽しみに!


また主人公バイク乗りになりました(笑)

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