第3話
「そういや腹減ったな……」
父親を送り出し、玄関の鍵をかけるとお腹からくぅと気が抜けそうな音が鳴り出していた。
スマートウォッチで時間をみると、いつもなら夕飯を食べ終わってる時間だったので台所に向かい、冷蔵庫の中にある具材を取り出して簡単に夕飯を作ることにした。
「……そっか美琴さんの分も作らないとか」
いつもは自分と父親の2人分を作っていたが、今日から3人分になるのか……。
「まあ、女性だから0.5人分でいいか」
普段よりも少し多めに材料を用意して、コンロに火をつけていく。
「蒼にぃ、夕ご飯どうするー?」
フライパンで炒め物をしていると美琴さんが台所にやってきた。
先ほどはワンピースだけだったが、その上に薄手の水色のパーカーを着ていた。
……先ほど、あんなことがあったせいか彼女の顔を見ることができなかったので
フライパンの方をみていた。
「って蒼にぃ、料理できるの!?」
俺の真横に立った美琴さんはこちらを見て大声をあげていた。
「……見て分かる通り男所帯だしな」
と言っても、基本的に作るのは俺なんだけどな。
父親は仕事が忙しくて家にいることがほとんどないし。
そうこうしている内に隣のコンロの上の鍋からぐつぐつと音がし始める。
「蒼にぃ……」
鍋の中を長箸でかき混ぜていると、美琴さんが声をかけてきた。
俺は取り出したパスタの硬さを確認しながら返事をする。
「さっきはごめんなさい……蒼にぃに会えたのが嬉しかったから」
コンロを止めてから、美琴さんを見る。
申し訳なさそうな顔をしながら下を向いていた。
その姿をみて、小さい時に咲耶が俺に謝る姿が脳裏に浮かんでいた。
何で謝ってたのか忘れてしまったが。
「平気だ、俺もそこまで気にしていないから」
そう言って俺は美琴さんの頭の上に手を乗せる。
……たしか咲耶が謝ってきた時も安心させるためにこうしていたな。
「〜〜!!」
美琴さんは言葉にならない声を上げながら体を震わせていた。
そういや咲耶も同じようなことをしていたな……本当に彼女は咲耶なんだなと思う。
「できたから食べようぜ」
「うん!」
今日の夕飯は簡単にペペロンチーノ。
2.5人分作ったのはいいが……
「……多くないか?」
「そうかな、普通だと思うけど?」
目の前の席に置かれた皿にはデフォルメされた山が出来上がっていた。
言っておくが俺の分ではない。
「まさかとは思うけど、毎日それだけの量を食べてるのか?」
「うん」
「マジかよ……」
「私、今、食べ盛りだから!」
それを言うのはむしろ男のほうじゃないか?
「それにしても、それだけ食べててよくその体型が維持できるな」
美琴さんは見た目もいいが、男の俺から見てもスタイルはいいと思っていた。
「昔からどんだけ食べても太らないみたい、それはいいんだけどね……」
彼女はそう言いながら、自分の胸に手を置いていた。
「その代わりかどうかわからないけど、胸も大きくならないんだよ!」
その話を聞いて俺は食べていたパスタが喉に引っかかり、咽帰ってしまう。
見ていた美琴さんは急いでコップにお茶を注いで俺に渡す。
一気にお茶を飲み干して何とか落ち着くことができた。
「いきなり、変なことを言うなよまったく……」
「変なこと言ってないよ、あ……もしかして?」
「なんだよ……?」
美琴さんはニヤニヤとした表情で俺の顔を見る。
「もしかして、私の胸が気になっちゃった?」
「んなわけ……げほっごほっ!!」
あるかぁ!と続けたかったがまたもやむせ返ってしまう。
その様子を笑いながらみていた美琴さんは先ほどと同じようにコップにお茶を注いでくれた。
「別に蒼にぃが見たいって言うならいつでもみせてあげてもいいんだけどなぁ」
美琴さんは呟いていたことなどこの時の俺の耳に入ることはなかった。
「「ごちそうさまでした」」
ほぼ2人同時に食べ終わり、手を合わせて挨拶をしていた。
「食べたぁ……美味しかったよ蒼にぃ!」
美琴さんは自分のお腹をさすっていた。
「そう言ってもらえて何よりだ」
「これから蒼にぃの作ったご飯が食べれるなんて両親を説得した甲斐があったよ」
「……もう俺が作ること前提かよ」
「うん、料理なんて一度もしたことないけど、それでもよければ頑張って——」
「——もういい、俺が作る」
諦めた様子の俺を見た美琴さんは満面な笑顔だった。
使った食器を洗剤を入れた洗面器に入れて食休みをとっていた。
「そう言えば……」
マグカップに入れた紅茶のパックをゆっくり回しながら俺は気になっていたことがあった。
「どうしたの?」
美琴さんは実家から持ってきたステンレス製のタンブラーに淹れたお茶に口をつけながら俺の方を向く。
「親父には言ったのか? 自分が咲耶であることを?」
俺が聞くと美琴さんはタンブラーをテーブルに置く。
「ううん、言ってないよ」
「なら言ったほうがいいんじゃないか? 親父も喜ぶと思うけど……」
「……むしろ混乱しちゃうと思うよ」
美琴さんは低いトーンで答えていた。
「そうか?」
「うん」
「じゃあ、何で俺には話したんだよ……」
「蒼にぃには会いたかったのが一番の理由だけど……それ以外にもちゃんとあるんだよ」
美琴さんは再びタンブラーを手に取って口につける。
「それ以外……?」
「蒼にぃと私しか知らない秘密があったからだよ」
俺は頭を抱えていた。
さっきのことを思い出したくないのもあったが、彼女の言うことがさっぱり理解できなかったのある。
「蒼にぃもそうだったけど、最初に私が『咲耶』だって言っても信じなかったでしょ?」
「そりゃ、突然だったしな……」
その後に彼女の口から俺と咲耶しか知らないことを聞かされて、信じざる負えなくなったわけだが……。
「でもね、パパとはそういう2人だけの秘密ってないから言っても最初の蒼にぃと同じで信じてもらえないと思う」
「なるほどな……」
たしかに母親と咲耶がいた頃から父親は今ほどでなくても仕事優先だった。
思い返してみれば父親と咲耶が話していたのは見たことがなかった。
「ねぇ、蒼にぃ……」
考えていると美琴さんが俺の名前を呼ぶ。
「うん?」
「お願いがあるんだけど」
「まあ、俺ができることならいいけど……」
俺が答えると彼女は俺の顔を一心に見つめる。
自分の心臓がドクドクと音を立てていた。
「……2人きりの時だけでいいから私のことを『咲耶』って呼んでほしいなって」
「まあ、それぐらいなら」
思っていたよりも簡単なことだったので少し拍子抜けしていた。
「それぐらいなら別にいいけど……それ以外は『美琴』って呼ぶぞ」
「うん! もちろん私も2人の時以外は『蒼介くん』って呼ぶから!」
美琴さん、改め……咲耶はニコニコとした表情で答える。
「蒼にぃ、先にお風呂入っちゃいなよ」
話が終わり、そろそろ洗面器の中の食器を洗おうと思っていると咲耶が立ち上がる。
「先に食器洗うから——」
「それぐらいなら私がやるよ! 夕飯作ってくれたんだし、さすがにご馳走になって何もしないってわけにもいかないし」
やる気になっている咲耶を見て、無下に断るわけにもいなかったので彼女の言う通り、先に風呂に入ることにした。
「くうぅぅぅぅ!」
頭と体を先に洗ってから、湯船の中に入ると同時に何とも言えない声を上げてしまう。
オッサン臭いと思うが、出てしまうものは仕方ない。
それにここにいるのは俺1人だけだから気にすることでもない。
「それにしてもまた咲耶と一緒に暮らすことになるなんてな……」
母親と咲耶がいなくなってから10年。
もう会うことはないと思っていた妹とこういう形で再会できたのは素直に嬉しく思う。
——もう一度俺は咲耶の兄になれる
そう思うだけでこれからの日常が楽しくなりそうな気がする。
ただ、咲耶もあの時とは違い、1人の女性なんだから昔のように接するのは無理かもしれないから
色々と考えなければいけないけど。
そんなことを考えていると、風呂場のドアが開く音がして視線をそちらに向ける。
その方向には——
「蒼にぃ! 一緒にお風呂入ろう!」
長い髪を後頭部でおだんごのように纏め、体をバスタオルで巻いただけの姿の咲耶が立っていた。
「ちょ、なんで入ってくるんだよ!?」
「えー! 昔はよく一緒に入ったでしょ!」
「いつの話をしているんだよ! 今は無理に決まってるだろ!」
「今でも大丈夫だよ!」
必死に咲耶を止めようとするが、俺の言うことを軽く流してシャワーのボタンを押していった。
バスタオルがシャワーで濡れると彼女のスタイルがくっきりと見えてきたので、俺は反対側を向く。
こんな調子で俺は兄として咲耶と接することはできるのだろうかと
不安が募り始めてきたのはここだけの話である。
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【あとがき】
▶当作はカクヨムコンに参加中です!!
お読みいただき誠にありがとうございます。
読者の皆様に作者から大切なお願いです。
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