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夜、氷野は夢を見た。背に翼を頂いた夢だった。
気づくと芝の上に膝をついていて、灰色の粗末な服を纏っただけのみすぼらしい姿だった。冷たい感触はないのに、体が強張って震えがした。
一足隔てた隣に雀がいた。綿のような羽毛がちょこちょこと跳ねながら芝をつついている。氷野のことは我関せずと、勝手気ままに辺りを小さく跳ね回っている。時折翼を広げては伸びをしているようだった。掌に収まるほどなのに、翼は至極温かそうである。
比べて氷野の翼はどうであろうか。穴だらけで、骨組みだけの張りぼてである。おまけに消炭のような哀しい色をしている。羽ばたけば今にも崩れてしまいそうな程に貧弱に見える。身体を持ち上げる気になど到底なれない。憔悴した首を反らして遠方を見ると、紺色の空に巨大な氷輪が懸かっていた。氷野の眼には見下されているかのごとく映るので、己の肝が白い光に押し潰されるような気がした。
消し炭の翼が燻って気分が悪い。これが万感胸に迫るような心地であればまだ考慮の余地があるけれども、ひたすら我が身の矮小さをじりじりと焼かれているようだから鬱々としてくるのみである。
――憎い。そう氷野が胸に抱くと貧相な翼がでたらめに広がった。
――憎い。ちりちりと空気を焦がすように、我が身を削って成長した。
にわかに雨が降り出した。一滴が翼をにじませたと思えば、たちまち堰を切ったように天から水が落ちてきて、冷ややかに氷野の体躯を濡らした。雀はもうどこにもいない。
――己が憎い。灰になった憂き身が滴に溶けた。
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