3/4 ◇
「え……」
私の名前がある。数は少ないが、私の写真も貼られている。理解が出来ない。追いつかない。
とたん、取り戻した呼吸がどんどんと荒くなっていって、私は一歩二歩と後退する。
どん、と誰かにぶつかった。
顔を見れない、フードを目深に被り、外套でその姿を隠した男性だ。
「……?」
ぶつかって、遅れて急にピリッとした激しい痛みと熱が横腹に走ってくる。ぶつかってしまったことの謝罪よりも先にその違和感に腹部を見下ろして、視覚で捉えた光景に、私はさぁーっと血の気が引く。
あつい。いたい。どうしてなの。
サクッと何かが引き抜かれて、眩暈がする。気持ちが悪い。貧血になって、理解が追いつかない。
「へ、な……っ?」
嘘でしょと思って、無理に引き攣った笑みをしようとする。なんでこんなことを、と問おうとするけど続かない。だめだ、何も、出来ていない。断続的に強まる痛みと、急な状況に追い付かず、よたよたとしながらも男性……通り魔から、距離を取る。
「や、ぃや……」
逃げなきゃ。逃げなきゃ。怖い。こわい。
拓けた広場に、あれだけ周囲にいたはずの人たちが、関わりたくないと距離を取ってどこかへいく。
待って。あ……た、戦えないよ。無理だよ。怖いよ。立ち向かえないよ。死にたくない。死にたくないのに。
腹部を抑える。ぬめり気のある液体を、視界に収めたら気持ちが悪いから見て見ぬふりして浅く呼吸を続けていく。
くらくらとする。吐いてしまいそう。
今すぐにでも、逃げなきゃ。逃げなきゃ。
「――建築スキル・形成」
通り魔は片手に【暗殺】用の短剣を、それを持たない左手をこちらへ差し向け、スキルを発動した。
地面から、ズゴゴゴゴとゆっくり競り上がる壁が四方に私を取り囲もうとしていて、逃げ場を無くされそうになっていて、私は危機感から全力を振り絞って身を乗り出す。
閉じ込められたら終わると思った。
競り上がる壁に足を取られて、転びながらも脱出する。転んだ時に擦り傷が出来る。受け身もまともに取れないで、顔をぶつける。
痛い。痛い。でも、通り魔は依然私に近づいてきており、焦りながらもちゃんと立ち上がって、しっかり踏ん張って走り出す。
――うそ、むりだ。走れない。
「つうっ……ッ」
左腹部を庇うように、手で伝うものもないような大通りを郊外へ向けて必死に進む。止まったら殺されるんだと、滲む視界で必死に駆ける。
いやだ、いやだ、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。怖い、怖いよ。嫌だよ。なんで私なんだよ。ふざけないでよ。
もう、やだよ。
「――詩織さん!」
私の好きなあの人の声がした。追いかけてくる通り魔に、誰も彼もが隠れて広い大通りに、あの人の影が今すぐにでも転びそうな私を抱えようと駆けつける。
「冬馬、さんっ」
力強く受け止められて、全体重を預けるみたいにとたん私は崩れ込む。彼は気を動転とさせながらも、必死に受け止めて呼びかけてくれる。
その声すらだんだん遠くなる。
私は一度、深呼吸する。
口から衝いて出た一言は、
――謝罪だった。
「なにを言って……」
きっと。分かっていた。心のどこか奥底で、いつかはこうなるって、絶対。
だって私は、生き返りたい訳じゃないし。
でもここには、今すぐにでも生き返りたい! そのためだったらなんだってする!って人がいるんだろうし。
生き残りたいわけでもない私が、生きて帰れるはずがない。いつか殺されてしまうのは、誰が考えても分かる、自然な流れ。
今日か、明日か、明後日か、もっと後か、それでもいつかは。
それがこの世界のルール。残酷な神様が主催した、タチの悪いような世界の話。
目を背けてた。でも、一度自覚してしまえば、辛くなるけど楽にもなる。
ねえ、これは逃げなのかな。やっぱり私は逃げちゃうのかな。
でもさ、生き返りたくないやつよりも、生き返りたい人の方がいいでしょ?
親不孝者なんかよりも、親孝行しようとしてる大人の方が偉いんでしょ?
……私みたいな人間よりも、冬馬さんみたいな、優しい人が、生きるべきでしょう?
彼の目を見る。
「私を、殺してくれませんか」
「……な、なにを」
手を伸ばす。震える指先で彼の眼鏡を外す。手にべったりと付いた血痕が、少し彼の頬にも触れて、申し訳なく思いながら。
「なにを、考えているんですか……?」
折り畳んだ眼鏡を。彼に似合ってるフレームの眼鏡を。彼の右手に、握らせる。
「ダメです。ふざけないでください」
――彼はそのシーカーを投げ捨てた。
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