3/4


 街からぼくの家まではそう遠くない。郊外であり、木々の狭間から見える湖面をよそに桟橋を渡って一本道。いつもの川辺には寄らず、真っ直ぐぼくの家へ向かう。

 会話は止まっていた。お互いの話したいことは済んでもいたけれど、ゆっくり考えてみたいことと、……本当に山代さんへ協力することになるのなら、もう少しお互いの理解は深めておきたいとも思っていた。

 山代さんは辺りを興味深げに見渡しながらぼくの後を付いてくる。目新しいのだろう。

 ぼくは自分の家まで行くと――玄関前にいる人影に気づいた。

 直感的に、間が悪いと思ってしまった。

「……お前この世界で彼女でも作ったのか」

「やめてください。違います。彼女は……釣り仲間ですよ」

「なんだそれ」

 なんで彼女が?

 そんな予定は、なかったはずですが……。

 そもそも一度だって家に呼んだことはないはずなのに、思いがけない彼女の姿にぼくは戸惑いを隠せないまま、後ろ手に商店街で買ったような食材を紙袋に入れて家の中からの反応を待ち侘びる詩織さんに後ろから近づいていく。

 ぼくが声を掛けると、彼女はビクッと驚いたあとにパッと振り返り笑顔になって、そしてぼくの隣にいる山代さんにぎょっとしたような表情をすると、人見知りのようにわたわたと慌てた。

 いつものように騒がしい彼女の所作を、くすりと笑いながら宥めるように冷静に声を再度掛ける。

「こんにちは。どうしたんですか? 詩織さん」

「いえ、あの……ちょっと面白いかなーって思って……お、お忙しかったですね!」

 隣でニヤニヤしている山代さんが、面白がるように肘で突いてくるのが嫌だ。

「すみません、この方は山代さんと言って、初日に少しお世話になったんです。今日久々に出会ったので、少しお話をしようかと思っていて」

「初めまして、俺は山代賢一という」

「そうだったんですね。あっ……私は、深月詩織と言います。あ、握手ですか? は、はい」

 ……少しだけ、握手をしようとする二人の間に、割って入ろうかと警戒感を持つ自分がいた。

 きっと先程の山代さんの話があったせいなのだろうけど、二人が会話している様子を見るのはぼくの精神衛生上、非常によろしくない状態にある。

 握手をさせていいのだろうか。させてはいけない理由がない。

 慣れない人との会話に緊張しきったような様子の彼女と、山代さんが時折見せる思案げな顔が対照的で、ぼくはそのやり取りを静かに見守っていた。

「……小さい手だな」

「なななナンパですか!?」

「はっは、ほざけ」

 軽快に話ながらもどこか長いような握手に、詩織さんは戸惑うようにぼくの顔をチラチラと見た。山代さんの、にこやかだけれど目の笑っていない表情が、ぼくも少しだけ怖いと感じる。

 ぼくは助け船を出すように、意を決して話に入り込む。

「山代さん何してるんですか?」

「いや……? 何もしていないが?」

 やっと握手は離された。

 ……ぼくは、山代さんのペナルティログを今まで一度も見たことがない。なのに山代さんは、ハッキリと明言したわけじゃないがきっと、既に誰かを殺めている。

 だとすれば彼が色を持っているとして、それに値する能力はなんなのだろうか。

 そして、彼は何を狙っている?

「じゃ、じゃあ私は、今日はどろんしておきますね! ごめんなさい! ごゆっくり!」

「は、はい。今日の埋め合わせは必ずします。ありがとうございます、詩織さん」

「いえいえいえいえ……私も急に来てすみませんでした。またのちほど!」

「はい。また」

 手を振って彼女を見送る。

 ぼくは、山代さんを家へ招く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る