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――深月さんは本当に不思議な方でした。
嘘か本当かは分からないけれど、命を狙われやすくなる。という面において色の開示はリスクでしかないのに、それを易々と初対面のぼくに対して行ってしまうのもすごいんですが、それ以上に。
どこか、なにかに無理してるようにも思える雰囲気に、彼女の真意を探りたくなる。
「先生っておいくつなんですか?」
「二十八です。深月さんは?」
「レディーに年齢聞くなんてダメですよ」
「レディーという歳じゃないでしょう」
「ぴちぴちのJKでした。きゃ」
「……くねくねと動かないでください」
川辺。釣りをするぼくの隣に構わず座り、あまり日を浴びてない白い脚をぷらぷらと揺らしてははにかむ彼女に、ぼくは少しだけ距離を取る。
露骨なぼくの態度に彼女はむすっとしてみると、さらに距離を寄せてくるので抵抗するのさえ諦める。
「ぼくは色なしですから」
「なんだ、残念だなあ」
日当たりはいい。魚影も見える。涼やかな風が森を駆け抜けて気持ちの良い陽気に、未成年の女子高生と地べたに座りながら行う会話が、慣れていなくて居心地が悪い。
「ねえねえ、釣り竿って商店街にありましたっけ?」
「はい。生活スキルの方で釣りを学ばないと購入出来ないみたいですが」
「へー。私もやろっかな」
「スキルと釣り道具一式に合計三ポイントも掛かるのに一度しか釣れたことがないので全くオススメしません」
「やば……先生下手っぴですね」
「あまり言うと泣きますよ」
なんてくだらない談笑が、きっと久々だったのもあって少し楽しかったのも事実。街の中は妙な緊張感に落ち着く場所もありませんから、こんな出会いから始まった、郊外の川辺で行うやり取りにぼくは一つの安らぎを覚えていました。
それは彼女も同様だったようで、毎日この時間帯。ぼくが釣りをしていると、すぐに駆け寄ってお話をするような関係になっていきました。
「今日は街に行ったんですけど、初めて決闘を見ちゃいました! 先生見たことありますか?」
「ないですよ。怖くないですか?」
「巻き込まれたらって考えるとめちゃくちゃ怖いですけど、ほら、野次馬に混ざってこっそり覗いてる分には! かっこよかったですよ、異世界だなぁってなります」
生き生きと楽しそうに、身振り手振りを交えながらぼくにその様子を伝えてくれる彼女を、少し微笑ましいような目で見てしまう。
「ほら、よく漫画とかで眼鏡キャラが本気出すぞって時に眼鏡を外す演出があるじゃないですか。それがね!? シーカーを武器にするのに外す必要があるから、みんなそんな感じなんです! ちょっとときめいちゃいます」
「はあ」
「漫画の眼鏡キャラってだいたい私の推しだったんで……あの演出、まあ確かに最終決戦とかで眼鏡が割れてたりするので見えづらくて外すのかなとか思うことあるんですけど、絶対眼鏡って外したら命中率落ちるようなものじゃないですか。めちゃくちゃ違和感だったんですよ! でもこの世界だとそうしなきゃいけないって決まりがあるし、武器状態にしてても視力って保持されてるんで、ハー! やるな!って、ちょっとそこだけリスペクトしちゃいます。主催者さん」
「お元気ですね」
そうとしか言えない。
彼女の勢いに押されるように、ちょっと身体を傾けてしまいながら。
と、釣り竿に反応があり、「静かに」と制しながら釣り上げると、小さな鱒がぶら下がった。
「おおー……釣れましたよ。深月さん」
つい嬉しくてにこやかに振り返る。と、もじもじとした様子で少し前の自分の姿でも思い返したのか、恥ずかしそうに目をぐるぐるとさせる彼女が見られた。
「え、えっと……好きなものがあるというのはとても良いことだと思います」
「フォローしないでください……」
「はい」
きっと、非日常すぎる光景を見てしまってテンションが上がっていたのでしょう。ぼくはそれ以上なにも言わずに釣り上げた鱒をボックスに入れ、再度釣り針を投げ入れました。
「……そういえば先生って眼鏡、ちょっと似合っていないですよね」
「まだ広げるんですかこの話。……そういえば、深月さん、眼鏡の形変わりました?」
「あ、はい! そうなんですよ! 実は今日街に出たのもそれで」
「なにかあったんですか?」
「商店街の方に洋服屋さんがあるんですけど、店内右手に眼鏡屋さんも入っていて! シーカーのフレームを変えることが出来たんです」
「へえ……」
「ということで、一緒にいきましょう? 先生。正直今のフレーム似合ってないです。ダサいです」
「バッサリ言いますね貴女」
「ちなみに今の私可愛くないですか?」
「そう思います」
「可愛いって言ってみてください」
「イヤだ」
「三ポイント」
「断る」
買ってまで言わせようとするな。
――なんて日々を過ごしながら。
この世界での生活も一週間が経った頃、街の広場には掲示板と言うものが設置されるようになりました。
始まりは、一人の男性が自炊をしようと思ったけれど、材料が分からずに匿名で情報を求めたことが主催者の耳に届き、掲示板の設立に繋がったのだとか。
この世界では安易に話しかけることなんて出来ませんから。
山代さんにも言われたけれど、この世界の性質的に、無用な馴れ合いだったり。変に知り合ってしまうのは、きっと将来お互いの精神衛生上とても良くない結果を招くのだと思います。
それは深月さんとの暖かなひと時を過ごすなかでも常に付き纏うジレンマですが、きっとここにいる皆さんは、それを潜在的に理解している。
だからなのかは分からないけれど、誰かも分からぬ匿名で情報や問い、時には雑談が広がる街の広場の掲示板は、唯一、人の良心が宿る場所となっていました。
かく言うぼくも掲示板を覗くのは好きです。
また、それとは別に。
二日目には初めてのペナルティを発生させていた金髪の男性・樋笠練は、その持っている色とその能力が周囲に明らかになったためか、その活動をまるで隠さないようになっただけではなく、宣戦布告にも似た行為を全参加者に図る。
「決闘してえやつは来いッ!」
がなるようなその啖呵を吐き、同じく広場。噴水があるんですが、日中はそこに彼が留まり、まるで挑戦者を待ち受けるような態度で煽るようになった。
とは言え、ほとんどの人が彼を相手にはしていない。
――一週間。既に一週間だ。
主催者は半月経つ頃、〝とっておき〟の情報を公開すると宣言している。
このデスゲームは、まだ終わってくれそうにない。
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