あこがれの女教師は娼婦(その44)

「森本氏は美祢子先生の殺人を強く否定しました」

可不可の目はきらりと光った。

「あの場で、『はい私が殺しました』と認める馬鹿もいないとは思うけど、否定の仕方はただごとではなかったね」

「『脇坂氏にそそのかされた』とおっしゃっていたようですね」

「脇坂もなかなかの曲者だから・・・森本をけしかけて、娼婦の先生を買わせたかもしれない」

「では、森本氏ご本人が否定したように、彼は美祢子先生を殺していなかったと仮定したらどうでしょう」

「おい、おい。そこまで踏み込むのかい」

「はい。森本氏が、先生とホテルに入ったのはまちがいないですよね」

「警察には言わなかったが、川崎くんは、きっぱりと森本だと断言している。だが、森本が出てくるのはふたりとも見てはいない。ホテルのフロント係が、森本が1時間ほどしてひとりで出るのを確認している。それはホテルの防犯カメラにも映っているはずだ」

「では、警察はどうして森本氏を逮捕しなかったのでしょう?」

「チェックインするのを見たふたりが、森本だと証言していないし、凶器のナイフも見つかっていない」

「先生が死体で発見されたのは、それから2時間後です。正確な死亡推定時刻は分かりませんか?」

「そこまでの情報はない。森本が犯人なら、8時から9時の間でまちがいない」

「では、森本氏が犯人でないとすれば、8時から11時の間です」

「どうして8時から11時の間なのかね?」

「3つの可能性があります。ひとつ目は、部屋に入るとすぐに廊下に出て非常扉を開けて外階段から共犯者を招き入れた。部屋は3階なので外階段から簡単に侵入できました。二つ目は、ホテルの近くで待機していた共犯者にすぐに連絡をして部屋に入れた。三つ目は森本氏が退去したあとに、入れ替わるようにして犯人が部屋に侵入した」

これには唸るしかなかった。

部屋のドア開閉のシステムや、廊下とエレベータの防犯カメラの配置や、非常扉のシステムなどはホテルによってちがいがあるとは思うが、その可能性は理解できる。

ラブホテルでは、男性客がひとりでチェックインしてから女を呼ぶのもありなので、犯人が森本から部屋番号を聞いて、ひとりでチェックインして部屋に入り、森本が出たあとに先生のいた305号室に忍び入ることもできた。

エントランスの防犯カメラの8時から11時までの映像をチェックしてすべての客を洗い出せば、犯人を探し当てることはできるかもしれない。

それは、あくまでも森本が犯人でないと仮定した上での話だが・・・。


「次の歌舞伎町と新宿中央公園の事件でも、森本氏は関与を否定していますね」

可不可がたずねた。

「それもやってないと強く否定した」

深くうなずいてから、

「信じてあげてはどうです。ここでも、森本氏がやっていないという仮定で、歌舞伎町、新宿中央公園、吉原のマキシム、D坂のレンタルルーム、美祢子先生殺しと森本氏の自殺を装った殺人も入れると、6件もの殺人事件のすべてを今から分析しましょうか?」

と、可不可は自信ありげに言った。

「それらのすべての殺人をひとりの男がやったとでも言うのかね?」

謎めいた微笑みを口の端に浮かべた可不可だが、この問いかけには答えなかった。

・・・熱いコーヒーをマグカップいっぱいに淹れて、長くなりそうな可不可の殺人談義に付き合うしかなさそうだった。

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