あこがれの女教師は娼婦(その40)

目をこすりながら辺りを見回したが人影はなかった。

「こんばんは、裕史さん」

と再び声がした。

どうもそれは、スフィンクスのように座り、目をブルーに輝かせるアンドロイド犬が呼びかけているようにしか思えなかった。

「ああ、君か、君が話しかけたのか?」

そうたずねると、

「はい、そうです」

アンドロイド犬がうなずいた。

口元は微笑んでいるようにも見えた。

「君は、ロボット犬のように見えて、ロボットでも犬でもないようだ」

「そう言っていただけるとうれしいです」

「父が君を造ったのか?」

「はい、そのようです」

「父は4年前に死んだ。どうして今ごろになって・・・」

「それは分かりません。それには、何か事情がおありだったのだと思います」

4年後といえば、ちょうど大学を卒業する年だ。

父は、社会人となるじぶんに役に立つものを残したかったのかもしれない。

それが、入学した大学には1か月しか行かず、4年間で取得単位はゼロとという体たらくだ。

・・・せっかくアンドロイド犬を残してくれたが、宝の持ち腐れになりそうだ。

「私は未完成です。自己学習能力は備わっていますが、できればお役に立つように教育していただければ助かります」

『じぶんなどより数段向上心のある犬だ』

と感心していると、

「何か悩みがありそうですね。私のサイバーチックな頭脳が、裕史さんのお悩みの解消にお役に立てるならばうれしい限りです」

『ひとのこころまで読めるのか!』

感心するしかなかった。

悩みといえば、今いちばん思い悩んでいるのは、森本の自殺の謎だった。

おためしに、内鍵を掛けたホテルのスイートのトイレで、拳銃を口に咥えて便器の中に頭を突っ込んで自殺した元同級生の話をしてみた。

「・・・いってみれば便器の中での溺死と拳銃自殺のふたつを同時にした訳だが、これは何かの儀式だったのか?本人はキリスト教の信者だと言っていた。便器を抱えて頭を突っこんだのは、死後の再生を願ってみずから洗礼をしたのか?あるいは、じぶんの罪を償うという意思表示のためだったのか?何せこの男は日本で娼婦を少なくとも3人は殺し、カリフォルニアでも4人は殺している。・・・ああ、娼婦とか売春婦とかは分かるかな?」

アンドロイド犬はこくりとうなずいた。

「・・・もっとも友人にスタンガンでやられて意識もうろう状態にあったから、相当錯乱していたとは思うがね」

「死んだ原因、ああ、死因ですね。死因は溺死ではなく、拳銃で喉を撃ったからでしょう。溺死していたら、とても拳銃自殺などできそうもありません」

アンドロイド犬は即座に答えた。

この犬は、ちゃんとこちらの話を理解して応答ができる。

・・・国語力には問題ないようだ。

あとは、サイバーチックと言う頭の中身だ。

「ああ、ところで、君を何と呼んだらいいのかね。父がつけた名前は?」

「いえ。生まれたばかりで、まだ名前はありません。どうぞ名前をつけてください」

と頭を下げた。

・・・なかなか謙虚な犬だ。

「そうだねえ。・・・可不可、なんかどうだろう」

ちょうど読みさしのフランツ・カフカの本が机の上に伏せてあったので、とっさに思いついた。

それに、アンドロイド犬という存在そのものが、100年前に、理不尽な運命に弄ばれる人間の物語を書き続けた小説家とかぶっているような気がしたからだ。

「可不可ですか?・・・いい名前ですね。ありがとうございます」

このアンドロイド犬は、なかなか世渡り上手なようだ。

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