あこがれの女教師は娼婦(その29)
シルバーのBMWで駅まで送ってくれたエリカの母親はハンドルを握りながら、
「娘はアメリカへ行ってすっかり変わってしまった。どうも、悪い友達に過激な考えを吹き込まれたようです。何ですか、あのミッションて・・・」
と、しきりに嘆いた。
駅前のイタリアンレストランの広いテーブルで、脇坂はひとり煙草を吸っていた。
「デザートが出る前に、森本が皆を引き連れて二次会に行ってしまった。レストランに失礼だよね」
憤懣やるかたない脇坂は、ウエイターを呼んでエスプレッソをオーダーした。
今夜の同級会の会計は森本がぜんぶ持ったという。
「・・・森本のワンマンショーだった」
脇坂は、吐き捨てるように言った。
「何でも、ハリウッドの白人だけが加入できるクラブのメンバーに選ばれた縁で、WASPというか白人至上主義の教会の信者になったと自慢していた。ホワイトに一点だけイェローが混じってどんな色になるのかね」
そんな皮肉を飛ばす脇坂を見るのも久しぶりだ。
「その教会の教義をまくし立てていたが、白人も黄色人種もユダヤ人とブラックに支配されているという陰謀論がメインだった。まったく聞くに堪えない。『男も女も結婚までは純潔を保ち、神が決めた相手と結婚しなければならない。サタンの化身たる娼婦などと交わるなどあってはならない。金でからだを売る女も買う男も地獄に墜ちる』などと、めったやたらと純潔ということばも使っていたね」
「純潔を汚す娼婦は許せないって?」
気色ばんでたずねたので、脇坂は鼻白んで怪訝な顔をした。
エリカが教えてくれたカリフォルニアの猟奇的連続事件の話を紹介すると、
「森本がいなくなって、日本ではその手の事件は起こらなくなり、彼が行った先のカリフォルニアでは同様の事件が起こった」
脇坂は、ついさっきエリカが言ったこととまったく同じことを口にした。
「もし、すべての事件の犯人が森本なら、変な話だが、犯罪としての筋は通っている。しかも、彼が信者になった教会の教義によって、彼の殺人者としての信念は理論的に補強されている」
「殺人を正当化する教義ってどうよ?」
発した問いに答えずに、しばらく黙り込んでいた脇坂は、
「ああ、今の君のことばで思い出した」
と手を叩いた。
「へえ」
「美祢子先生が授業で、アガサ・クリスティーの『そしてだれもいなくなった』の犯人のモノローグを君に訳させようとしたのを覚えているか?」
「ああ」
「あれは、あまり道徳的というか教育的ではなかった。・・・小説自体も通俗的だが、生まれついての殺人者の快楽殺人を正当化する文章だった。しかも、犯人は刑法的にもモラル的にも大量殺人の罪を罰せられずに、自殺しおうせた。森本が、あのクリスティーの文章に触発されて、ひとを殺しても正当化されると思ったとしたらどうだろう。美祢子先生も、欲望のままに売春に走るじぶんに罪を感じていた。美祢子先生が罪があると自覚しているのを感じ取った森本が、先生を快楽殺人の相手に選んだ。先生は殺されても仕方がないと思って抵抗しなかった」
脇坂は、じぶんの推論に酔ったように、一気にまくし立てた。
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