あこがれの女教師は娼婦(その28)
「エリカさん、東條さんもごいっしょに夕食どうかしら?」
母親が待合室の扉を細目に開けてたずねた。
エリカは腕時計を見ると、
「今夜は、パパは医師会の会合で出かけたらしい。ごいっしょにどうぞ」
こちらの都合も聞かずに、棟続きの自宅へ向かって先に歩み出した。
他人の家で食事をいただきながら会話をするのは苦手だったが、否も応もなかった。
「ありあわせの簡単なものでごめんなさい」
母親は謝ったが、ローストビーフとシュチューと大盛りのサラダの豪勢なプレートが食卓に並べられていた。
シュチューをひとすくい口に運んでから、エリカはスプーンを置いて、
「アフリカの件、パパと話し合ってくれた?」
と母親にたずねた。
「いえ、ふたりとも今日は忙しくて・・・。でも、パパがアフリカ行きに反対なのは変わらないと思う」
「ママはどうなの?」
「う~ん。・・・どちらかというとママも反対ね」
「最悪」
エリカはふくれっ面をした。
こんなエリカを見るのははじめてだった。
「東條くん、どう思う」
エリカが顔を寄せて来たので、同じようにスプーンを置いて聞き耳を立てた。
「卒業式に両親がニューヨークまで来るのはいいとして、そのあとヨーロッパをいっしょに回ろうというの。私はヨーロッパではなくアフリカに行くつもり」
「アフリカ?」
「ええ、ひとりで」
「ひとりで?」
鸚鵡のように、エリカのことばをただ繰り返した。
「飢えと病いの最前線をこの目で見たいの。インターンを終えたら最初の赴任地はアフリカを選ぶつもり」
エリカは、夢見る乙女のそれではなく、冷徹なリアリストの目でこちらを見つめた。
「エリカさん、そんなことを言って。何のためにアメリカまで行って勉強したの?・・・ママとパパを悲しませるため?」
母親はおろおろとして涙声になった。
「これはミッションよ。ママ」
「東條さん、エリカを止めてください。アフリカに行ったら戦争に巻き込まれて死んでしまう」
悲しいかな、母親と娘の諍いに割って入るすべがなかったので、ふたりを交互に見るしかなかった。
「どうしてアフリカへ行ったら死ぬわけ。理屈が通らない」
エリカは急に怒り出した。
「川崎くんの言うミッションって?」
エリカのことばの裏に、何か秘められた情熱が隠されていると感じたので、そうたずねた。
エリカはよくぞ聞いてくれたとばかりに、
「ひとが生きる証。それがミッション。・・・パッションと言い換えてもいい」
傍らに母親がいるのも食事も忘れたエリカは、目を輝かせてミッションの話をはじめた。
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