あこがれの女教師は娼婦(その30)

「では、どうして森本は川崎くんに異常なまでに執着する?美祢子先生が殺されてからすでに4年も経っている。川崎くんは、D坂で森本を目撃したことを警察に話していないし、これからも話す気遣いはない。なら、放っておいても森本に害はない」

「ああ、そのことね。殺人者は、目撃者に異常なまでの恐怖心をいだく」

「それを言えばこの俺だってD坂では目撃者だ。君だって新宿公園と吉原で目撃者だった。どうして川崎くんだけを・・・」

「それは川崎さんが見目麗しい女性だからだ。今では、森本のリビドーが川崎さんに向かっている。娼婦殺しは、川崎さんへのメッセージだろう」

・・・リビドーということばを聞くのは、今夜二度目だった。

「へえ、メッセージねえ」

「あてつけというか、愛を受け止めてくれなければ娼婦を殺し続けるぞ、と」

「歪んでるね」

「ああ、歪んだ愛だ」

「愛を受け止めなければ?」

「川崎さんを殺す」

それを聞いて、背筋が一瞬にして凍りついた。

「その前に君を殺す」

「えっ、俺を!」

「そうだ。君は川崎さんの思い人だと森本は知っている」

「それはありえない」

「どっちが?」

「両方だ。俺は川崎くんの思い人でも何でもない。だから森本が俺を殺すことはない」

「そうかな?・・・では、川崎さんが、君を森本からの愛の攻撃の盾に使っているかだ」

・・・エリカに限って、ひとを利用することなどありえない。

「ああ、分かった。喜んで盾にでも、何にでもなろうじゃないか」

「ダークナイト1号か。よし、俺もやろう。俺は、2号だ」

脇坂は森本を徹底尾行するので、こちらはエリカの実家の病院に張りついて見張るよう提案した。


明日の朝から実行することに決めると、ふたりはなつかしい駅前の喫茶店に移り、さらに話し込んだ。

脇坂は、大学の4年間で西洋東洋の古典を年代順に読み込んできたが、ちょうど近代の入口で卒業となってしまったので、就職せずに大学院で近代と現代を読み、音楽も聞き、絵画も映画も見るつもりだと言った。

・・・これは、大学というアカデミズムを使った、人類の文化史を俯瞰する正統派の知的アプローチだ。

それと、脇坂の父親も開業医で裕福だった。

・・・正直、羨ましかった。

それに比べて、興味のおもむくままに、乱杭歯のようにあちこち齧るだけのじぶんの読書スタイルでは、時間の浪費だけで何も得ることができそうになかった。

もはや、脇坂とは決定的な差がついてしまった。

・・・後悔しかなかった。

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