あこがれの女教師は娼婦(その26)


アメリカの粗悪な牛肉をたらふく食べたせいか、森本はこの4年間でこっけいなほど巨大化していた。

目の前に壁のように立つ級友たちの中ほどにエリカを認めると、森本はやおら立ち上がり、大げさなほど恭しくお辞儀をした。

「この6月に、カリフォルニアのロースクールを卒業したらカリフォルニアバーエグザムに挑戦する。ああ、それってカリフォルニア州の司法試験のことさ。ご存知だろうけど、バーといっても・・・バーテンダーの試験ではないよ」

森本は、エリカに向かってくだらない駄じゃれを言ったのだろうが、

「森本くんすごい!アメリカの弁護士になるんだ」

級友の女子のひとりが、うっとりしたような声をあげると、

「ははは、ニューヨークの医科大学のインターンになる川崎くんほどでもないさ」

肩をすくめた森本は、

「今日は、川崎くんがアメリカの医者になるのと俺がカリフォルニアの弁護士になる前祝いに、この店のいちばん高いワインを買い占めた。俺のおごりだ。じゃんじゃんやってくれ」

と高らかに宣言した。

森本は、すでに酔っているようにも見えたが、目の前のテーブルにはワイングラスなどはなかった。

ワインではなく、じぶんのことばに酔っているだけなのだろう。

「そいつはいいや」

級友たちは、森本の真ん前の席をエリカのために空けて、めいめいの席を確保しはじめた。

ひとり取り残されて立ち尽くすエリカは、それまでのあどけない笑顔をかなぐり捨てて険しい顔になると、

「ちょっとめまいが・・・。悪いけどお先に失礼します。東條くん送ってくれる」

と言うと、さっとからだを翻していったん座りかけた席を立った。

あわてて後を追うと、

「送ってやってくれ。・・・駅前の喫茶店で何時になっても待っている」

追いすがった脇坂が、高校3年時の放課後によく会った喫茶店の名前を口にした。


駅前でタクシーを拾い、エリカの実家の病院へ向かった。

内科と小児科だけの中規模の病院には、あっけないほどすぐに着いた。

すでに診療時間が終わりかけていたので、待合室には患者はひとりもいなかった。

看護婦が知らせたのか、すぐにエリカに顔が瓜二つの母親が白衣を脱ぎながら現れた。

エリカがじぶんを紹介してから、

「ちょっとここで込み入った話があるので・・・」

と母親に告げると、

「はい、はい。あとでコーヒーだけ届けさせます」

物分かりのよい母親はすぐに退散した。

しばらくして、コーヒーカップをトレーに載せて運んで来た看護婦が、玄関の扉のドアノブに本日診療終了のプレートを掛けて表の明かりを消したので、広い待合室でふたりきりになった。

「森本くん、私を追って来たのよ」

不安そうに辺りを見回してから、エリカは言った。

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