あこがれの女教師は娼婦(その13)

急に寒波が北から下りて来て寒い夜になった。

こんな寒さにもめげずに、大きな円形のコンクリートの低い壁に囲まれた噴水池の周りに点在するベンチそれぞれに、一組ずつのカップルが抱き合うようにして座っていた。

背の高い街路灯が敷地の四隅で光っていたので、殺人犯がそんな中で襲うとも思えなかった。

それに、可憐な女性の傍らには頼もしい男性が控えていて、何があってもしっかり護ってくれるはずだ。

大きなリュックを背負ってやって来た脇坂とは、それぞれが分かれて行動するつもりだったが、暗闇の中ではかえって危険かもしれないと思い、ふたりいっしょに都庁の裏のホテルを出た。

公園を横に東側から西側の甲州街道へ抜け、それから少し北へ出てからまた東側へもどるようにしたが、道のないところを歩くのは大変だった。

だいいち、そんなところに客を引く娼婦がいるはずもなかった。

「これだと、タヌキでも探して歩き回るようなもんだな」

脇坂は軽口を言ったが、その通りだった。

「犯人は娼婦を狙うと決めつけていいのかね」

脇坂もおなじようなことを考えたようだ。

「アオカンって知ってるか?」

「アオカン?」

「意味はふたつある。ひとつは、山谷あたりの労働者がドヤ代がないので公園なんかで野宿すること」

「ああ」

「もうひとつは、カップルが野原や屋外でセックスすること」

脇坂の下司なことまでに及ぶ博識には驚くしかなかった。

青空の下の姦通を略して、アオカン?・・・いや、分からない。

「売春婦が公園で客を取るのもアオカンかな?」

暗闇の中でも、脇坂の吐く息が白く見えた。

「夏ならありだろうが・・・」

「いや、待てよ」

脇坂は何かひらめいたようだ。

「お助け婆アって知ってるか?」

「いや」

「都市伝説の類だろうが、公園でアオカンまがいのことをするカップルを覗き見する盗撮マニアがいる。そのマニアにフェラチオして小銭を稼ぐホームレスの婆さんがいるらしい。この公園にもな。・・・フェラチオは知ってるか?」

「ああ」

・・・おおよそのことは知っている。

エリカがそれをしてくれたら気持ちがいいだろうな、と一瞬思った。

だが、それはとてつもなく不潔で不道徳な行為のように思え、すぐさまその思いを打ち消した。

・・・時として、不潔で不道徳なものの方が、清潔で道徳的なものよりも、若者を蠱惑するということを、高校生のじぶんは未だ知らなかった。


「脇坂、ちょっと待て。・・・その都市伝説のお助け婆アの話を森本にしたか?」

「森本?・・・どうして今ここで森本の名前が出る?」

「いや、森本に話したかどうかを聞いている。どうなんだ?」

勢いに気圧されたのか、

「毎日いろんな話を奴らにしてきたからな・・・」

脇坂は、暗闇の中で腕組みをして考え込んだ。

奴らとは、放課後に脇坂を取り囲んで、彼の博識ぶりを拝聴する賛美者たちのことだ。

・・・部活のラグビーの練習前のガタイのいい森本の姿は、必ずその賛美者たちの輪の中にあった。

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