あこがれの女教師は娼婦(その12)
家に帰ると、小ぶりなブラウンの革靴が玄関にそろえてあった。
母親がいそいそと出迎えて、
「お客さんよ」
と笑いながら言った。
応接間に入ると、エリカがソファーから立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
テーブルに置かれたお茶に手も付けずに、エリカは帰りを待っていたようだ。
「勝手に押しかけちゃってごめんなさい」
と謝ってから、
「でも、どうしても言っておきたいことがあって・・・」
と言い出しておきながら、ことばを詰まらせた。
「・・・・・」
「・・・森本くんのことだけど」
「森本が?」
「美祢子先生がD坂で殺された土曜の夜、あなたと路地で出くわしたわね」
「ああ」
「死ぬほど驚いた」
「それはこっちも同じ」
「あの時はちょうどD坂で用事があって、それで目の前を行く森本くんを見かけたの」
「・・・・・」
「D坂を登りつめたホテル街の入り口で中を見張っている感じだった。美祢子先生が、ちょうど交番の先の酒場を出て坂道を下りかけるのを見つけた森本くんは、先回りしようとしたのかしら、手前の細い路地を駆けていった」
「服装は?」
「ベージュのトレンチコート、大きなサングラスに黒いマスク」
あとを追ったエリカは、森本が美祢子先生と肩を並べてラブホテルに入るのを見た。
その時、路地の奥にいて、じぶんと出くわしたエリカは、D坂の方へ走って逃げた。
「森本でまちがいない?」
「う~ん。・・・まちがいないと思う」
D坂で見かけた時に、森本と分かって後を追ったのだから、まちがいないのだろう。
「学校に来た刑事さんにそのことは話さなかった?」
「あまりに恐ろしくて、・・・とても言えなかった」
「でも、森本はわれわれが路地に潜んでいるのを知っていた」
「まさか!」
「それで、警察に匿名電話でたれ込んだ。だから刑事がすぐに学校へやって来た」
・・・だが、歌舞伎町のホテルでデリヘルの女が同じような手口で殺されたことも、脅迫状めいた2通の手紙のことも話さなかった。
エリカにはとても耐えられない出来事だ、・・・と容易に想像できたからだ。
「私ね、交換留学生に応募したの」
「・・・・・」
「とても恐ろしくて、もうここにはいられない・・・」
いつもはお嬢さま然とおっとりしているエリカは、頭上に吊るされた剣におびえる幼子のように、その若く美しい顔を醜く歪ませ、うめいた。
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