あこがれの女教師は娼婦(その5)

「役立たずとは何だよ」

「なりばっかり大きくて、役に立たないじゃないの」

「そんな大きな声で言っていいのか」

「がっかりさせたんだから、慰謝料をもらってどこが悪い!」

「勝手にそう思っただけだろう。しかも、ひとの財布から勝手に抜き取りやがって。泥棒か、お前は」

「今度は、泥棒呼ばわりかい!」

男と罵り合う美祢子先生は、学校での知的でエレガントな振る舞いとはまったく別人の、どうにも下司な売春婦にしか見えなかった。

「泥棒とは聞き捨てならない。・・・ああ、あそこの交番のお巡りさんに白黒つけてもらおうじゃないか」

先生は、大男の腕を掴んで引きずるようにして、ずんずんと坂道を下りた。

濡れた前髪を額に貼り付け、夜叉のような鬼気迫る顔をした先生は、目の前を通り過ぎたのにこちらに気付くそぶりもなかった。

D坂と交わる三叉路にある交番の赤いランプの下へ来ると、男は怖気づいたのか、先生の腕を振りほどくと一目散にD坂を駆け下りていった。

男の背中を目で追っていた先生は、ガラスの引戸を開けて交番の中へ入った。

男との一部始終を中から見ていた若い巡査は先生とは顔見知りなのか、わざと渋面を作ってデスクを挟んで座り、先生のいい分を黙って聞いていた。

言いたいことを言って腹の虫が収まったのか、先生は肩をすぼめて、三軒ほど先の居酒屋の暖簾をくぐった。

コの字型のカウンターは男たちが肩を並べて占領していたので、先生はやむなく窓際の二人掛けのテーブルに窓を背にして座った。

若い店員が、小皿に乗せたグラスをテーブルに置き、一升瓶で酒をグラスに注いだ。

小判の手帳とちびた鉛筆で小料理の注文を書こうとしたが、先生は何の注文もしなかったので、店員はくるりと背を向けた。

グラスからあふれんばかりのうすい琥珀色の酒を、真っ赤なルージュの唇を突き出してひと口すすったあと、グラスをテーブルにもどし、小皿を持ち上げてこぼれた酒をすすった。

グラスを小皿にもどしたあとひと口飲んでから、LVの大きなバッグから取り出した煙草に火を点け、煙を天井に向かって勢いよく吐き出した。

先生が学校で煙草を吸うのを見たことはなかった。

だが、反らした左手の二本の指で挟んだ煙草を口に運ぶさまは堂に入っていた。

土曜の夜なので、安酒と焼き鳥を売る店は煙と人いきれであふれかえっていたが、先生のテーブルの辺りだけが、暗い寂寥感が漂っていた。

店主が、よれたスーツ姿の男を連れて先生の席にやってきた。

どうやら相席を頼まれたが、先生は断固拒否したようで、店主と言い合いになった。

カウンターに座った男たちが一斉に振り向いた。

立ち上がった先生は、一気に飲んだグラスを叩きつけるようにテーブルに置くと、LVのバッグを抱えて店を飛び出した。

夜空を見上げて、霧が晴れかかっているのを確かめた先生は、ホテル街へもどっていった。

・・・もうひと稼ぎしようというのか?

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