轟社長のある日

 会社を2つ経営しつつ、他の企業との関係を密にしていくのは、気が滅入りそうだ。朝起きるといつも、そう思う。今日だって、何時間寝られたのやら。

 カレンダーで日付を確認する。マジックペンで、11月20日にバツ印をつける。過去になった日付には、こういうバツ印をつける。それが俺の日課だ。俺は急いで、会社に行く準備をする。

 マンションの廊下を行き来しつつ、準備が整っていく。

 スーツを着て、ビジネスバッグを持ち、忘れものがないのを確認して―玄関から出ようとする。

 ふと、玄関に飾ってある―家族の写真が目に入った。そこには、俺と別れた妻と娘の姿がある。

 昔が良かった、と言うつもりはない。妻とは別れるべくして別れたのだから。しかし、娘は―いまだに心配だ。今はどうしているだろうか…。

 映っているのは、4歳の頃の娘。あれから8年経っている。

 完全に物思いにふけってしまう前に、玄関の外に出た。


 自動車で20分のオフィスに着く。自分の部屋である―社長室に向かう。まずは、パソコンを立ち上げ、メールを確認する。

 部下からだ。ターゲットの選定をしたので、リストを見て欲しい、という文面だ。

 俺は―この部下を信じている。なら、逐一それを見る必要はない。そして、このように返信した。

 ―彼らを殺すようにと。


 会社の昼休みに、久々に食堂に行く。俺はそんなに利用しないが、たまにはありだと思った。

そこで、今年雇った新入社員と出会う。彼女はこの会社に来るまで、就活が上手くいかなかったらしい。この会社の仕事はちゃんとこなしているが―今はどういう状況だろうか…。 「君が―例の新入社員か―」

 少し彼女は驚いている。

「仕事は―どうだ。慣れたかい?」

「はい…多分」

 彼女は仕事をちゃんとこなしている。そして―自分が何をしているのか理解していない。これが肝心だ。

「ここの仕事は何をしているのか分かりづらい…かもしれない」

「それは…確かに…はい」

「そうだろうね―ここの仕事は、目に見えるモノじゃない。主に―電話をかけるだけだ。しかし、その電話で多くの人間に―喜んでもらおうとしている」

 自分でも適当に言っている、と分かる。しかし―全くそれで構わない。彼女を諭すのではない。彼女に―本当のことを悟られないようにするのが、重要なのだから。

「確かに―電話の中には、暗いものや、アングラなもの、意味不明なものがある」

「はぁ…」

「まぁ、頑張れば―なにかが見えてくる」

 交渉役には―必要最低限の情報すら与えない。足が着かないようにするために。


 俺が始めたビジネスは簡単だ。

 死体を作るように外注し、それを運搬、管理、さらに、交渉してそれを売りつける。このうちの、運搬、管理、交渉が俺の会社で行っている。

 殺し屋に殺させ、死体を作る。それは、できるだけ金持ちがいい。次に、それを適切に管理。最後に電話で価格を交渉する。交渉が破談したら、ミンチにでもして、死体を隠すためのカモフラージ使えばいい。

 簡単には―誘拐の死体版だ。しかも、監禁場所の選定、身代金受け渡しetc…。それらを考えると、生きている人間よりもリスクが低い。そこに目をつけた。それに、大事な人間の死体なら―結構言い値で買ってくれる。

 我ながら地獄みたいなビジネスだ。

 まぁいい―それで俺も晴れて、金持ちの仲間入りだ。


 自動車でオフィスから自宅に帰る途中に、電話が鳴る。

 車の運転中だ、出られるわけないだろ。そうは思うが―電話には出なくてはいけない。取引先だったら迷惑だ。

 ひとまず、車を道路の端に寄せた。

「もしもし」

 とりあえず、仕事の電話じゃないな…。自分の会社名を第一声で名乗っていないのだから。

「もしもし…、どちら様?」

「私…」

「お前―」

 別れた妻からだった。

「ねぇ―つぐみ、そっちに行ってない?」

 つぐみは、娘の名前だ。

「いや―来ていないな…」

「そう。今日学校から帰ってきていないのよ…」

「そうか…」

「だから―何か知ってたら、電話ちょうだい…」

 それだけ言い残し、電話を切った。

 元妻はどうでもいいが―つぐみのことは心配だ。


 俺は―つぐみのことが心配になった。

 学校帰りに何かあったのだろうか…。

 いや―ただ遊んで、たまたま帰るのがおそくなったのかもしれない。

 夕食を食べながら考える。

 家に帰っていないなら、ご飯は食べていないだろう。お腹空いていないだろうか…。

妻と別れて居なければ―今頃は一緒に、夕飯を食べていたのだろうか。いや、一緒につぐみを探すのが先か…。

 俺は―娘がどうしているかを考える。

 無事だろうか…。無事なら、妻から電話がかかってくるだろう。そのくらいのことはするはずだ。

 不安なまま―ベッドに就いた。

 

 翌日は―半休を使い、午前中は元妻からの電話を待った。しかし―いつまで経っても来ない。

 プルルル…。

 ―電話だ。もしかして、つぐみが見つかったのか?

「もしもし…」

『こちら△△商事の三浦と申します。12歳の女の子の死体はいりませんか?』

 それは―俺の交渉役の会社のテンプレートなセリフだった。

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狂気な会社の話 愛内那由多 @gafeg

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