黒いトラックドライバー
「いや~、今回の仕事ってヤバいっすよ…」
「だよな~」
トラックを運転しながら、おれは後輩の意見に同意した。
つい先日まで零細企業のトラックドライバーだったおれたちが、今はそれなりの給料を貰えるようになった。すぐに理解できた―黒い仕事に手を染めたのだと。悪い企業に買収されたと。
だからと言って―仕事自体が変るわけじゃない。荷物を受け取り、右から左に流すだけ。黒い仕事に染めてから、これまでは、中身を知らずに運んできた。しかし―今回はまずい。かなりまずい。いや―今までまずかったのかもしれないが…。
なんと言っても―運んでいるのは人間の死体なのだから。それも、女子小学生の―らしい。
今まで知らされなかった積荷。今回は知らされた。
おれたちは、後戻りできない。
「ま~先輩。もう後には引けないっしょ」
「分かってるよ」
黙っていれば、今までよりもいい給与が貰える。しかし―誰かにバレでもしたら、捕まる。
どっちがいいかなんて―明らかだ。
「先輩。怪しまれないでくださいよ」
「そういうこと言うから―怪しまれるんじゃないか?」
妙なことはしていない。普通に道路を走っている。交通ルールは守っているし、目立つようなことはしていない。
後ろから、サイレンを鳴らしたパトカーに呼び止められる。バックミラーに赤色灯が光っているのが見えた。
おれたちを止めている。
「先輩…まずくないですか…」
「でも―振り切れるわけない」
おれは―警察に従った。
「こんばんは」
警察の男は言う。パトカーにはもう一人男がいる。2人組らしい。
「はい…何でしょう?」
淡々と、しかし誠実に答えた。ここでさらに怪しまれるわけにはいかない。
「いやね。ちょっと、このトラックから怪しい雰囲気を感じたから」
そういう、警察の勘というか嗅覚は凄いな。なにしろ、おれたちは―本当に黒なのだから。しかし―捕まるわけにはいかない。なんとか切り抜ける―。
「お兄さんたち、2人?」
「そうです」
「トラックドライバーが2人って…珍しいの?」
「いえ、そんなことはないです」
雑談の様な会話も、冷静に対処する。今のところ不審な所は見せていない。
「これから、どこに届けるの?」
「××市です」
「へ~、どこから来たの?」
「○○市です」
「なるほど…近いね。まあ、いいや。一体何を運んでんの?」
即座に答える。ここで考えてから答えると―疑われる。
「えっ…と、冷凍品です」
しまった。スラスラと答えるつもりだったのに…。緊張しているのが声色から悟られる。視線が下に落ちた。
「ちょっとそれ確認させてもらっていいかな?」
質問のように話しているが―実質的に命令だ。断ったら、余計に状況を悪くする。
警察はパトカーにいるもう一人の男と目配せをしている。おれたちがやましいことをしている、と確信している様だ。
事実だが―どうにかして切り抜けなければ…。
おれと後輩はトラックから降りる。
「先輩…大丈夫なんですか…」
警察は一旦パトカーに戻る。
「大丈夫…そのまま死体を運んでいるわけじゃないから…」
小声で言った。実際に冷凍品と共に運んでいるので、嘘ではないと、自分自身に暗示をかける。
おれたちはコンテナの鍵を外し、杭を取り除き、扉を開ける。
コンテナの中には、大量の発泡スチロールの箱で詰まっている。それらは風呂の浴槽も匹敵しそうな大きさだ。中身はすべて―肉だ。無論その中に―人間の死体がある。
おれはその中の一つを開け、警察に見せた。
「凄い量だね…」
「はい…。これを食品加工工場に運びますので…」
嘘ではないと、何度も自身に言い聞かせつつ言った。本当は、廃墟みたいな所に運ぶのだけれど。
「中に入っても…」
「一応は…大丈夫です」
何重にも袋を重ねて、肉は箱の中に詰められている。衛生管理は徹底している―ことにする。しかし、肉は―死体を隠すための―スケープゴートでしかない。
「う~ん」
警官は疑いよりも、興味が湧いてきている様に見える。コンテナにいっぱいにある肉に関心があるようだ。
「触らないでください。一応、念のため」
おれは釘を刺した。これは事実だ。触れて欲しくない。
「はい、はい。他の箱も―こんな感じ?」
「ええ…。すべて肉です」
「何肉?」
「えっ…」
知らない。何の肉なのか分からない…。豚肉に見えるが…。
「鶏肉っス。先輩―そうですよね」
後輩からのフォローが入る。おれが上手くごまかせないと、思ったらしい。
「そう、彼の言うとおりです…。鶏肉です」
「そうか~?」
警察から疑いのニュアンスを含めた返答が来る。中腰をやめ、背筋を伸ばして周りを見渡す。それでも発布スチロールしか見当たらないだろうが…。
「どう見ても―牛肉かな…」
確かに赤身の入り方、脂肪の付き方からして―牛肉にも見える。何の肉か確認しないなんて、我ながら―アホだ。
「他の箱も―これと中身は一緒?」
警官は明らかに―友好的ではない。おれはどうにか―切り抜ける手段を考える。とにかく―箱を開けさせてはダメだ。
「そ…そうで…す」
震えた声しか出ない。
警官はおれに―疑いの目を向ける。
まずい―。コンテナの中は寒いのに、汗が止まらない。
状況は―パトカーにいた警官が変えた。
「先輩―急な応援要請です!」
コンテナにいた警察は―渋々コンテナの外に向かう。
「特に怪しいモノもないので―今回はこれで…」
軽く頭を下げて―コンテナから出て行く。おれも軽く頭を下げた。
扉を閉め、杭を入れ、鍵を掛け―運転席に戻る。エンジンをかけて、後ろに車がいない事を確かめ―トラックを発車させた。
「どうにかなりましたね…。先輩」
「おれは―心臓が飛び出そうだったよ…」
「まぁ―いいじゃないですか…どうにかなったし」
「お前―フォローするならちゃんとしたのをやれ…」
おれは軽く後輩の頭を叩く。小さく、いてっ、と反応がある。せめて、このくらいはさせて欲しい…。後輩は理不尽にぶたれたような、顔をしている。
「で…先輩、死体はどこに隠してあったんですか…?」
「簡単だよ―バラバラにして、それぞれ別の箱に入ってる」
発泡スチロールの箱は結構大きい。死体はそのまま入らなくても―腕の一本、脚の一本なら余裕で入るのだ。そのため、四肢と頭部を切り分けて、箱の中に収まっている。
「簡単だろ?で―この後届けて―四肢を繋ぐ。エンバーミングみたいなことすんだと…」
「なるほど…。そういえば―今何時です?だいぶ遅れちゃったのでは?」
警官にそれなりの時間を取られたことを思い出す。慌てて、カーナビのモニターの時間を確認した。
「いままだ11時55分。ギリで日を跨いでない」
「もう数分で―いい夫婦の日ですか~。自分には無縁だな~」
「まぁ。そんなもんだろ。もう少しで―目的地だ。指定の時間前には着くだろう」
「そういえば、先輩」
「なんだ?」
「後ろにある肉って、何肉でした?」
「牛っぽいけど」
「本当に―牛肉ですかね…。自分が見たトラックに入れる前に、チラッと見たときは、鶏肉に見えました。それにお肉って見た目で判断するの難しくないッスか?」
「確かに―」
おれは後輩の言うことを考えないようにしつつ―トラックを目的地に転がした。
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