不景気な殺し屋
「今回の仕事は―胸くそ悪いな…」
俺は年上の部下、いや、舎弟にそう伝えた。
「しかし、若、そうでも、この仕事を受けないと、我々が―生きていけてませぬ」
「分かってるよ…しかし…、それにしても―受け付けないものもあるってこと」
今回の依頼書を見る。これを依頼してくるような奴―気に食わない。
「なんたって、小学生なんて殺さなきゃいけないんだ?」
俺たちは、俗な表現ならば―殺し屋だ。
かっこいい響きかもしれない、が実態は―ろくでもない。
依頼書に書いてある人間を―殺す。
―殺して、
―殺して、
―殺して、
殺す。
そこに、正義も信条も、やりがいもなく、ただ死体だけが積み重なっていく。
ただの―死体を作るビジネスだ。
そんな、ろくでなしの中でも、俺たちは特別だ。
俺の技は一子相伝。今は俺しか使えない。
簡単に言うと、人を殺すときにできる外傷が―最小限になる。これにより、証拠が出にくい。
おかげで、俺は今までに警察に嗅ぎつかれたことがない。知っている限りでは、祖父も父も警察に追われていなかった。
その俺の技を買われて、依頼してくる者さえいる。
しかし、それも―数年前までの出来事。今は―かなり事情が変わってしまった。
不景気により、この業界自体が相当に縮小した。経済が回らないと―人は健康に暮らせず、不健康になってでも働く人間が増える。これにより、ターゲットになる人間が何もしなくても死んでいくのだ。
ターゲットになる人間は―総じて悪事に対して勤勉で、休まず、常にストレスを抱えている。景気が良くても、生きていくのに余裕がない。経済的にではなく、身体的に。
これに経済的な余裕が奪われると―手を下す前に死ぬ。
ターゲットがいなくなれば、依頼もなくなる。そして業界が小さくなった。
さらに、不景気で―依頼者も減った。今は昔の6割だ。
「―そう、だから、俺たちは仕事を選ぶことが―できない」
その結果―ターゲットが幼い子供だ。それも女の子。
俺たちも―殺人鬼ではない。好んで殺しているわけでもない。できれば―悪人を殺したいのだ。
今までは、ギャング、半グレ、情報屋―そういう裏社会の人間を始末することが多かった。気分がいいものではないが―小学生よりはマシだ。
「どうにかなんないかな…」
「若―どうにかしようと、皆頑張っています」
舎弟にそう言われる。もっともな意見だ。
「いや、仕事を受けた以上、俺は―ちゃんと仕事をこなす。こなすが―気分がいいもんじゃない」
俺の気持ちは関係ない。やるか―やらないかだ。
「心中―お察しします。しかし―あまり気にかけ過ぎないでください。皆、若のことを心配しています」
「分かってるよ…。それでも―ね」
舎弟は言う。
「若―無礼承知で言わせていただきます」
覚悟をしている―舎弟は、そんな顔をする。俺は許可した。
「今までも―何人も殺してきました。それまでと―同じように考えてくださいませ」
「なるほど…、一理ある」
「では…」
「でも―その意見は聞きたくないな」
「なぜ…」
「俺が気にしているのは、いうなれば―こういう人間を殺したくはないなってこと」
ターゲットになるような大人は―嘘を吐き、だまし、殴り、人を見下す。そういう人間ばかりだ。
しかし―今回の子供は、本当にただの子供なのだ。未来に向かって明るい人生のあるはずの子供。
「基本的には―ゴミみたいな人間をぶちのめしたいね。そもそも、あんまり人は殺したくないし」
「若が人殺しをしたくないのは、存じておりますが―それでは皆が…」
俺は舎弟の話を遮って―言った。
「―分かってるよ。仕事には手を抜かない」
俺は舎弟の肩を叩いてから部屋の外に出た。
頭で考えていることと、体で行動すること。この二つを別ける。そして考えていることを切り捨てて、行動する。
殺し屋の初歩の初歩で―最も難しい部分。
俺は慣れてしまった。いや―無理矢理に慣れた。
慣らすのは、簡単な理論だった。
多数の部下の生活と、一人の命。
俺に取ってどちらの優先順位が高いか。
―そんなものは決まり切っている。
ふすまを開けて、部屋から出る。冷気が俺の体にまとわりつく。
「もう11月下旬か…」
11月21日の天気は曇り。この季節に陽光が射さなければ、当然の気温だ。
「舎弟の意見を聞きたくないと言いつつ…結局、その意見が正しいと認めたな。俺は」
ものの数十秒で意見を変えた。我ながら優柔不断だ。
「さて―行くか」
俺は殺しのための道具をそろえて―外に出る。
数時間後、小学生の死体を俺は作った。それを処理するのは別の奴の仕事だ。
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