狂気な会社の話

愛内那由多

イタズラ電話株式会社

 私はなぜ、この会社に入ったのだろう?

 そう思いながら、いつの間にかオフィスにいた。


 始業時間の5分前。いつも通り。11月21日は、いつも通りで退屈だ。

「佐藤さん―はい。今日のノルマ」

 上司が喜々として渡してくる。前時代的な紙の束を、嫌々受けとった。

 まず、中身をチェックする。

 今日のノルマは20件。少なくて良かったー。という思い口から漏れそうだった。       

 ただし、このノルマが当てになるのかはー不明だ。いつもはこれに―加えて、もう5件ほど増えることもある。

 私は紙の束をデスクに置き、電話を手にとった。

 0××―7××―5×××。電話のボタンを押す。

『もしもし…』

「もしもし―私、××葬儀屋の佐竹と申します」

 私は堂々と嘘をつく。この会社の名前も、私の名前も―嘘だ。

 ここの仕事は渡された紙の通りに、電話をかけること―だけだ。私の付いた嘘には台本がある。その台本通りに喋るだけ。

「あの―息子の遺体は…」

 受話器越しに泣きながらの声がする。女の人。多分―五十代に近いだろう。私はなんのことか分からないまま―芝居を打つ。

「はい。エンバーミングが終わり、近日中には、遺族の方に返却が可能です」

 私はエンバーミングをしているなんて知らないし、なぜこの人の息子の遺体をウチの会社が預かっているのかも知らない。

『なら―早く返してください。お金は―いくらでもお支払いしますから…』

 息子の遺体が帰ってくるだけで、感極まりすぎだろう。そう思った。あるいは―私が冷たい人間なだけかも。

 若干の温度差を感じながら、手続きの説明をして、電話を切った。

 こんな、いや―この何の仕事何だか分からないのが、辛いな。

 自分が何をやらされているのか―分からない。が、それを1日中し続ける。私でなくとも―苦行だろう。だが、やらなければ―生活できない。

 余計なことを考えてしまった。さっさと次の電話をかけよう。

 プルルル…

『はい、もしもし…』

「もしもし―こちらは、××商事の伊藤と申します」

『ハッ?』

 明らかに男性。嫌な感覚で背筋が伸びる。早く終わらせたい。

「弊社は―死体を販売しておりまして…、今現在、10歳の女の子の死体を販売しております…」

 紙の台本通りに呼んだだけだ。実際に―死体なんて売っていない。それの関連することもしていない。私の知る限り、さっきのエンバーミングだって―真っ赤な嘘だ。

『…』

 相手の男の人は―黙った。こういう時間は、この仕事に就いてから嫌いになった。

『いるかッ!!そんなもの!!』

 怒鳴られて、オフィスにいる同僚の視線が、私に収束する。いきなり大音量を聞かされて耳が痛い。三半規管が崩れそうだ。

 ガチャ。

 男はそれだけ言って、電話を切ったようだ。

 これ以上―怒鳴られなくて済むのは、助かったと思った。

 しかし―仕事に失敗した。すると、この案件は別の人間の所に回すことになっている。私は男の電話番号と台本が書かれた紙を、オフィスの後ろにある、未完了のボックスに入れた。こうすることで、他に人に、この仕事は回される。

 今はまだ―ボックスが溜まっていないな。今日は早く帰れそうだ。―自分のノルマを素早くこなせれば…だが。

 午前中にさらに6件に電話をかけ―2件の案件がボックスに飲み込まれた。


 昼休みは―食堂で取った。いつもは狭くて、ここでは食べない。が、たまには―いいかなと思う。

 この日は、鯖の味噌煮定食を食べる。

 ここに就職したのは―他の会社が雇ってくれなかったからだ。やりたいから、やっているのではない。

 もっとも―私が社会から必要とされていないとも言えるのだけれど…。

「君が―例の新入社員か―」

 目の前に、少し線の細い―しかし、堂々としている男の人が私に話しかける。

「―轟社長」

 この会社の―トップだ。ちなみに会長はいない。

「仕事は―どうだ。慣れたかい?」

「はい…多分」

 正直に答えたつもりだった。

「ここの仕事は何をしているのか分かりづらい…かもしれない」

 社長は―私の思っていたことを口にする。

「それは…確かに…はい」

 私ははぐらかすように言った。はっきりと肯定できるのに、そうしなかったのは―気を使ったからだ。

「そうだろうね―ここの仕事は、目に見えるモノじゃない。主に―電話をかけるだけだ。しかし、その電話で多くの人間に―喜んでもらおうとしている」

 そうなのか?―そうは思えない。明らかに。完全に。完璧に。

「確かに―電話の中には、暗いものや、アングラなもの、意味不明なものがある」

 私は―とりあえず首を縦に振ったり、うなずいたりしておいた。

 ―意味不明なのは、アンタの発言だ。社長には心の中でそう、毒づく。

「はぁ…」

 聞いているのも苦痛になってきた。

「まぁ、頑張れば―なにかが見えてくる」

 そう言うと、私の目の前から移動する。

 私を励ました…のだろうか…?

 だとしたら、無意味だった。

 ―むしろ、この会社がなにかのためになっていないと、社長本人が白状したようなものだ。

 ここに居つづけるべきではない。その思いは―固い。


 しかし―翌日も私は、昨日と同じオフィスにいた。

 昨日の今日で、転職なんてできるはずがない。私は―ここから抜けるのが怖くなってしまった。

 無意味な今日が続いていく。それでも、何もない明日よりはマシなのかもしれない。―そういう保身を使って、今ここにいる。

 そうして本日も電話をかける。

『もしもし』

「こちら△△商事の三浦と申します。12歳の女の子の死体はいりませんか?」

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