第21話

「食い倒れだー!」

「わー、ぱちぱちー」


 私は一体、何をしているんだろう。

 日曜日の昼下がり。

 両脇を固められた私は、身動きが取れずにいた。


「ほら、ゆまも」


 春香が言う。

 えーっと。

 や、ほんとなんでこうなったんだっけ?


「ぱ、ぱちぱちー」

「気持ちがこもってないぞー。もっと熱血で行こうよ」

「前に熱い人間じゃないって言ってたくせに」

「それはそれ、これはこれ」

「また適当なことを……」


 雲ひとつない青空の下、私は春香に連れられて商店街に来ていた。

 流石に日曜日ということもあって、辺りは人でごった返している。

 今日は寒いと予報で言っていたから家にいるつもりだったのに。


 いきなり家に押しかけてきた春香に流されるままに、こんなところまで来てしまった。


「……で。今日はいきなりなんなの? 春香と若松って、珍しい組み合わせだけど」

「よくぞ聞いてくれました!」


 謎にテンションが高い若松は、胸を張って笑った。


「私、クラスの女子全員と遊ぶのを目標にしてるんだー。でも水原さんが中々捕まらないから」

「それで私が巣穴から引っ張ってくる役割を任されたというわけだ」

「……いや、巣穴て」

「実際そうでしょ。今日、私が誘わなかったらどうせ家にいたくせに」

「まあ、そうだけど。いいじゃん、寒いし」

「駄目。青春は待ってくれないぞー」


 はっはっはと、春香は妙に芝居がかった笑い方をしてみせた。

 一年の頃からの付き合いだから、慣れてはいるけれど。相変わらず春香のすることは突拍子もない。


 嫌ってわけではない。

 でも、こんなにも寒い日にわざわざ外に行かなくたっていいじゃないかと思う。


「若松と春香って、仲良いの?」

「いいよねー」

「ねー」


 なんだこのわざとらしい会話は。

 顔を見合わせて笑う二人に、苦笑が漏れるのを感じた。


「水原さんがラストだから、今日は気合い入れていくよ」

「わー、楽しみー」

「なんで春香がテンションあがってんの」

「ゆまの代わりに喜んどこうかと思って。ほら、じゃあ行こう」


 春香は私の手をとって歩き始める。なぜか若松まで私の手を握って、三人で並ぶことになった。


 なんで私が真ん中なんだろうと思うけれど、若松が私と遊ぶのがメインだから、そのせいだろうか。


 ……いや。

 それでもこうして手を繋いで歩くのはおかしくない?

 まあ、いいか。


 友達と手を繋ぐのなんて慣れている。何かと後輩とスキンシップをすることもあるし。

 私は大人しく二人の手を握り返して、人で満ちた道を歩き始めた。





「美味しい! 水原さんも一口どーぞ」

「あー、うん。いただきます」

「ゆま、こっちもあげる。美味しいよ」

「えーっと」


 囲まれている。

 向かい側にも椅子が置いてあるのに、なぜか私はソファに座らされて、両側から食べ物を勧められていた。


 さっきから散々甘いものやらしょっぱいものやらを食べさせられているせいで、いい加減お腹がいっぱいになり始めている。


 若松は奢ってくれると言ってきたけれど、流石にそれは悪いから、自分で払っている。


 そのせいで財布へのダメージもそれなりだから、明日以降が怖い。

 春香に言わせればこれも青春なのかもしれないけれど。


「……ん。若松のやつは、あんまり甘くないね」

「抹茶だからねー。美味しいでしょ」

「美味しい。センスあるね」

「え、そうかなー。それほどでも……あるかも」

「ふふ、謙虚じゃなくていいね」


 若松は楽しそうに笑いながら話しかけてくる。

 人の笑顔を見るのは、結構好きだったりする。だからずっと楽しそうにしている若松を見ていると、こっちまで楽しくなってくるような感じがした。


 若松は花凪とも最近は仲がいいみたいだけれど、その理由が少しわかる気がする。


 やっぱり、裏表がないタイプは付き合いやすい。

 言外の含みとか、裏の意図とか考えなくていいのは楽でいい。

 私自身が面倒臭い人間だから、余計にそう思うのかもしれないけれど。


「春香のは、甘すぎ。センスゼロ」

「この甘さがいいんじゃん。高校生のうちしか食べらんない感じ」

「あー」


 三人で並んで無駄に大きなマカロンを食べている私たちは、一体なんなんだろうと思う。


 楽しいと言えば楽しいんだけど、なんだか間が抜けている気がする。

 この独特なノリというか、ある種の恥ずかしさこそが青春なのだろうか。

 高校生らしさ、的な?


 考えてみれば、私はせっかく高校生になったのに、花凪に付き合うことが多すぎて高校生らしいことをあまりしてこなかった。


 春香とはちょくちょく遊んでいたが、そんなに高校生っぽいことはしてこなかったし。

 ぽいことって、なんだろうとは思うけど。


「春香はいつも死ぬほど甘いレモンティばっか飲んでるしね」

「あれぞ青春の味だよ」

「若松もそっちの人?」

「ん? 私はコーラ派。いつも朝飲んでます」

「……若いなぁ」


 花凪もミルクティしか飲まないし、高校生は甘いものが好きなのかもしれない。

 ……私は高校生失格なのか。


「ゆまは緑茶とかほうじ茶しか飲んでないもんね。おばあちゃんかな?」

「日本の心を忘れてないだけだから。大和魂ですー」

「うわ、ほんとにおばあちゃんだ」


 春香と話していると、なんだか日常に帰ってきたって感じがする。

 花凪への独占欲とか、歪んだ関係とか、そういうのを全部忘れて楽しむことができるって、結構幸せなことな気がする。

 私は小さく息を吐いた。


「……ところで。私は一口あげたのにゆまはくれないの?」

「あ、じゃあ私ももらっていい?」

「いいけど……全部食べないでよ?」


 春香と若松は両側から私のマカロンを食べてくる。

 二人とも、無駄に一口が大きい。


 結局残ったのは一欠片のみである。

 フリじゃないんですけど。


「……ちょっと?」

「全部は食べてないよ。ね、まっちゃん」

「うん。ちょっと残したよねー」

「……」


 別にいいけど。お腹はいっぱいになってきていたし。

 しかし。


「春香、後で覚えといてね」

「え、なぜ私だけ?」

「春香の方が一口大きかった」

「心が狭いよ、ゆま」

「知ってる」


 最後の一口を食べて、私はため息をついた。


「……よし、じゃあ次行こう!」


 若松が言う。


「まだ食べるの?」

「腹四分目ですから」

「……わ、若いなぁ」


 若松に引っ張られて、私はまた別の店に誘われる。

 しばらくそうして様々な店で食事をした後、三人でぶらぶら街を歩く。いつの間にか春香は私と若松より前を歩き出している。


 繋いだ手を急に離すのも変だから、私はまだ若松と手を繋いでいた。

 花凪とも春香とも違うその感触。

 お互いまともに話すのは今日が初めてだから、二人きりだと少し緊張する。


 よくよく考えたら、いくらクラスメイトだからってこの距離感はおかしいのでは?


 春香といい花凪といい、人との距離感が割とおかしな人と付き合うことが多いからか、違和感を抱くのが遅れた。

 私ってもしかして、雰囲気に流されやすいんだろうか。


「若松って、花凪とはどうなの?」

「クリスマスに一緒に遊んでから、結構頻繁に遊んだりしてるよ。意外とって言ったら変かもだけど、気が合うんだよねー」


 なるほど、と思う。

 確かに若松はノリがいい方だし、花凪もそういうタイプだから仲良くできるんだろうと思う。


 でも今まではそこまで仲良くなかったはずだ。

 イヴのお出かけがきっかけで仲良くなったのだとしたら、相当相性がいいのだということになる。

 私も春香とは、そんな感じだった。


「そっか」

「花凪と水原さんって、幼馴染なんだっけ?」

「うん。花凪から聞いたんだ」


 もう名前で呼ぶ仲になっているのか。

 いや、花凪が誰と仲良くしたって、彼女の勝手なんだけど。


 最近の私は彼女の好きな相手だけじゃなくて、彼女の友達にまで嫌な感情を向けるようになっている。


 ……わかっている。

 自分が嫉妬しているんだってことくらい、本当はずっとわかっていた。

 そうだ。


 私は花凪を独り占めしたい。彼女の首に首輪をつけて、私から離れられないようにしてしまいたいのだ。


 だけどそんなことをしても、意味なんてない。

 独占したいという感情以上に、彼女に幸せになってほしいという感情の方が強いのだ。


 彼女が幸せを感じて、笑うことができるなら。

 私はそれでいい。

 最初に抱いた願いは、そういうものだったはずだ。


「ねえ」


 彼女に向ける想いに、名前は与えない。

 輪郭も形もないままなら。名前がわからないままなら。時間と共に薄れていくはずだから。


 自覚しちゃいけない。

 歪んだ私は、自分から花凪との関係を手放せない。花凪の幸せを願いながらも、彼女を私のものにしたいという思いを止めることができない。


 花凪の周りが、花凪自身が変わっていけば、立ち止まったままの私は自然と置いていかれるから。


 それでいい。

 それで、いい。

 そうじゃないと、駄目だ。


「あいつ、結構面倒臭い性格してるけどさ。悪い子じゃないから、これからも仲良くしてあげてね」

「それはもちろん! でも、私は水原さんとも仲良くしたいなー」

「……私と? なんで?」

「だって水原さんも、いい人だし!」


 若松はそう言って、私の手を引いた。

 楽しげな笑みには、一点の曇りもない。

 眩しいなぁ、と思う。


 目が痛くなるくらい眩しいから、私は愛想笑いを浮かべることしかできなかった。


「今度は二人でも遊ぼ!」

「……そうだね」


 若松に連れられるままに、私は街を歩く。

 喧騒に満ちた街はどこか虚しくて、でも隣がとても温かくて眩しくて、なんだか泣きそうな心地になった。

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