第14話

 ともすれば、あの日と同じ日がもう一度繰り返されているように感じる。

 そんな一日だった。


 私と春香はショッピングモールで何をするわけでもなく色んな店を見て回って、あれこれ会話した後に映画館に行った。


 この前花凪と一緒に見た恋愛映画。余命何年とかの男女が恋をする話で、花凪は感動していた。


 今年一番ピュアな恋愛だという宣伝文句に違わない、現実の綺麗なところを切り取ったような恋愛。


 花凪がそういうものに憧れているのは知っている。

 昔から彼女はお姫様に憧れていた。


 甘い恋愛話が好きで、誰かを好きになるってことがいいことなんだって疑ってなくて。


『君のことが好き』

『俺も——』


 スクリーンから空虚な声が響く。

 隣を見ると、春香と目が合った。


 その瞳は花凪と違って無感動で、それに安心する自分がいた。

 好きって、なんなんだろうな。


 私は別に花凪のことなんて好きではない。日常の中に花凪を探してしまうのは彼女とずっと一緒にいたせいであって、胸に渦巻く独占欲だってそうだ。


 例えば幼馴染が花凪じゃなくて春香だったら、きっと私は春香に同じ想いを抱いていたはずだ。


 こういうのはきっと、思春期にありがちな子供っぽい感情なのだ。

 友情と独占欲の区別がつかなくて、私だけがその人の友達であってほしい、みたいな。


「ゆま」


 ひんやりした声が響く。

 いつの間にかエンドロールが終わって、館内が明るくなっていた。


 春香は眠そうに目を細めながら、静かに立ち上がる。

 私は慌てて立ち上がって、彼女の横に並んだ。


「興味深い映画だったね」

「面白いじゃなくて?」

「興味深い。クリスマス前に恋人を作りたがる気持ちがちょっとわかった気がする」

「そう?」

「うん。綺麗な恋愛に憧れるから、皆恋人を作るんだね。恋に恋してるって感じ」

「じゃ、春香も恋人作りたくなった?」

「んにゃ。私はやっぱ、見てるのがいいかな。疲れるしねー」


 映画館を出て、施設内をぶらりと歩く。

 午前中にほとんど回り尽くしているから、ほとんどすることはなくなっていた。


 私は春香と適当な話をしながら、さりげなく辺りを見渡した。

 ここは、あの日花凪と一緒に来たショッピングモールだ。なんで春香がここを選んだのかはわからないけれど、有名なクリスマスツリーが近い場所だからかもしれない。


 花凪はイヴにデートに行くと言っていたらしい。

 お母さんから、そう聞いた。


 予行と本番で行く場所を変えるとは思えないから、多分花凪は今日ここに来ている。


 私が視線をあちらこちらにやっているのは、花凪と遭遇したくないからだ。

 彼女を探して、その姿を見つけてどうこうしたいわけじゃない。


「ゆま。ずっと思ってたけど、なんで今日そんな挙動不審なの?」

「や、何が? 別に挙動不審じゃないでしょ」

「……減点」

「え?」

「恋人を放ってキョロキョロするのは、マイナス一億点。映画にも集中してなかったし」


 そういえば、今日は恋人気分で過ごすって話だった。

 しかし恋人気分って、具体的にはどういう感じなんだろう。

 私は世間の恋人同士が何をしているのか知らない。


 ちらと辺りを見てみると、カップルらしき男女が腕を組んでいるのが見える。その中に、女の子同士で腕を組んでいる人も何人かいた。


 クリスマスのふわふわした空気が、人々を開放的にしているのかもしれない。

 私は少し迷ってから、春香に手を差し出した。


「ごめん。ちょっと、気になることがあって」

「ふーん……。いいけどね。そんな調子じゃ恋人ができた時困るよ」


 恋人ができた時、か。

 花凪は今の春香なんて比べ物にならないくらい面倒臭いだろうな。ちょっとでもよそ見したら機嫌を悪くしそうだし、何より……。


 いや、私には関係のないことだ。

 花凪の恋人になるとかそういうのは、別に。

 そんな予定ないし。そもそも独占欲や友情と、恋だの愛だのは別物だ。


 何も考えないようにしていると、春香が腕を組んできた。

 手を繋ぐくらいだと思っていたけれど、まさかここまでするとは。

 私は目を丸くした。


「何してんの、春香」

「ん。なんとなく、こっちの方がより気分が出そうだと思って」

「うーん。出るかなぁ」

「どきどきしたり、しない?」

「しないけど」

「私はするよ」


 春香はそう言って、ほんの少し口角を上げた。


「……冗談。とりあえず、ちょっと歩こう。もうちょっとしたらもっと暗くなって、ツリーも綺麗に見えるだろうし」

「はいはい」


 春香はいつも割と適当で、考えていることが読めない。波長は合うけれど、不思議な雰囲気というかなんというか。


 小さく息を吐いて歩き出すと、少し遠くに見知った顔が見えた。

 ピンクのインナーカラーの入った髪。


 無駄に甘い笑顔。

 その笑顔が向いている先に視線を向けると、クラスメイトがいた。

 藤野じゃ、ない。


 他の男子でもない。女子だ。確か若松という苗字だったはずだ。誰とでも仲が良くて、いつも元気に騒いでいる子犬みたいな女子。


 その若松が、どうしてクリスマスイヴに花凪と一緒にいるんだろう。

 藤野と一緒なら、まだ納得できた。

 なんで若松なの。


 同じ女子が相手であるせいか、余計に独占欲が膨らむような感じがする。女子と遊びに行くなら、私でいいじゃん。


 いや。

 別に花凪が誰と遊ぼうと自由だ。


 だけど若松に手を引かれて楽しげにしている花凪を見ていると、言い知れない感情がふつふつと胸から湧いてくるのを感じた。


「ゆま、なんで固まってんの?」

「なんでもない。ちょっと目に埃が入って」

「目薬差す? 持ってるけど」

「いや、いい。行こう」


 私は春香と一緒に歩きながら、花凪に視線を送った。

 私に気付け。気付け、気付け、気付け。

 私の方を見て、それで。


 ……それで?

 私は花凪に、何を期待しているんだろう。こっちを見て、彼女がどんな顔をしたら満足なんだろう。


 誰にも見せない笑顔を見せてほしい?

 手でも振ってほしい?

 いや。


 何をされても、彼女が若松を選んで、今ここにいるという事実は変わらない。


 選ばれたかったわけじゃない。

 昔から飽きるくらい一緒にいるのだから、今更イヴを一緒に過ごしたいなんて思うはずもない。


 だから彼女が今日どこで何をしていても、別によかったのだ。

 彼女の姿を見つけたくなかった。見つけてしまったら、独占欲で吐きそうになるから。


 彼女の姿を見つけたかった。私の知らないところで、知らない笑みを他者に見せていると想像するだけで、胸が張り裂けそうだから。


 どっちも、駄目だ。

 彼女の姿を見つけてしまっても、見つけられなくても。

 結局私の心臓は激しく脈打っている。


 咄嗟に伸ばそうとした右手は春香に絡め取られていて、それに気づいた頃には若松と花凪の姿は見えなくなっていた。


 喉に穴が開いているみたいに苦しい息を漏らすと、エアコンの気持ち悪い風が髪を揺らしてきた。


 馬鹿みたいだ。

 私は一体、なんなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る