クリスマス-6 新しい朝

 他人の家の台所を勝手に漁る。


 料理なんかろくにしたこともない私だ。大した物は作れない。


 鍋を拝借。冷蔵庫を漁り、ハムとコーンの缶詰を取り出す。パックライスを一つ鍋に放り込み、適当に水を入れる。調味料…あ、これでいいや、とキューブのコンソメを入れ、小さめに切ったハムとコーンも入れる。しばし火に掛け、塩コショウ。


「……野菜が入ってないな」

 ま、相手は病人だから、こんなもんでいいか、と適当に考えることにする。念のため、味見。うん、まぁいいでしょ。なんだかんだで三口も食べてしまう。冷蔵庫に入ってたスポーツドリンクもあった方がいいかな? 冷たすぎるかも?


 おかゆっぽいものをお皿に入れ、薬と一緒にお盆に乗せた。


「タケル君、入るね」

 タケルの部屋のドアを開け、中へ。大人しくベッドで横になっていてくれたようだ。

「ご飯、食べられそう?」

 サイドチェストにお盆を置く。いい香りの湯気が食欲をそそってくれるはず。

「志穂が作ってくれたの…?」

「うん、味の保証はないけど……」

 お皿を差し出すと、タケルが半身を起こし、じっと私を見つめてきた。

「え? やっぱり食欲ない?」

 フルフル、と頭を振る。そしておもむろに口を開けた。

「……どういうことかな?」

 私は皿を片手に聞いてみた。

「あーん」


 こっ、こいつっ…、


 私、固まる。引きつった顔の私に、タケルがにっこり笑って、もう一度口を開いた。


 くぅぅ、ちょっと可愛いっ。


 私は悔しさでいっぱいになりながら、スプーンで一口掬ってタケルの口元へと運んだ。


 パクッ、モグモグ…、


「美味しいっ!」

「え? ほんと?」

「志穂の手料理っ、ふふっ」


 あー、触覚がデレてるよ。


「はい、じゃ、どんどん食べて!」

 私は次々とタケルの口にスプーンを放り込んだ。


「全部食べたね」

 空っぽになったお皿。満足そうなタケルの顔。少し、ホッとする。

「これ、薬ね。あと、スポドリ。水分摂って。あ、着替えた方がいいよね? 着替え、どこにあるかな?」

「あ、そこのチェストの一番上」

 着替えを取り出し、渡す。タケルがまた私をじっと見た。

「着替えは自分でしなさいっ」

 私は空っぽのお皿を持ってタケルの部屋を出た。


 食器を洗う。時計を見ると、もう九時近かった。まずい。もう帰らないと。

 私はコートを着込み、二階へ上がった。




「タケル君、私そろそろ帰るよ? 大丈夫かな?」

 コートを着た私を見たときのタケルの顔!

 捨てられた子犬のような絶望感たっぷりの目で訴えかけてくる。

「帰る…の?」

「うっ、」

 情に訴えられ、揺らぐ。でも、だって、どうしろと?

「そうか…そうだよね。もうこんな時間だもんね。そうか、志穂、帰っちゃうんだね」

 寂しそうに、呟く。


 ああん、もうっ!!


 私は携帯を取り出すと家に電話した。

「あ、もしもし、お母さん? あのさ、今日一緒に遊んでた友達がね、うん、具合悪くなっちゃって家まで送ったの。そしたら、今日ご家族誰もいないんだって。そう、そうなの。で、本人も不安そうだし、うん、いいかな?」


 タケルの触覚がピコピコしてるのが視界の隅に映る。やめてよ、笑っちゃいそう。


「わかった。様子見て、うん、明日には、うん、そうするね。じゃ」

 ピッ

「志穂っ?」

「ええ、そういうことです」

 フッと息を吐き、私。

「優しいな、俺の彼女は!」


 触覚をクルクルさせ、上機嫌だ。


「ちゃんといてあげるから、寝なさい。あ、その前に私お布団借りたいんだけど、どこにあるかな?」

「ここ」

 タケルが自分の隣をポンと叩く。


「……違う」

「違わない」

「病人と一緒には寝られない」

「…どうしても?」

「駄目です」


 さすがに根負けしたタケルから、来客用の布団の在り処を聞き出し、ベッドの隣に敷く。

「志穂、俺のパジャマ使ってよ。そのままじゃ寝られないでしょ?」

「あ、うん」

 彼シャツってのは聞いたことあるけど、まさかの彼パジャマな日が来るとは……。

「着替えてくるね」

「え、ここで、」

「そんなわけないでしょっ!」


 私は着替えを手に洗面所に向かう。顔を洗って、口をゆすぐ。手早く着替えを済ませる。ダブダブなタケルのパジャマを着るのは、なんだか気恥ずかしさと嬉しさが入り混じる。


一階の電気を全て消し、部屋に戻ると、タケルは目を閉じていた。

「寝た…のかな?」

 薬が効いてくれるといいんだけど。

 部屋の電気を消し、布団に潜り込んだ。


「……志穂」

「え? 起きてた?」

「寒い」

「ええ? 熱、上がっちゃったのかな?」

 私は慌ててタケルの額に手を当てる。さっきとそんなに変わらないような気がするんだけど……。

「温めて」

「……、」

「寒い」


 どこまでが本当なのかわからない。


「お願いします」

 弱々しい声で懇願してくるタケルに、私はほだされてしまう。

「眠るまでだからねっ」


 文句を言いながらタケルの布団に潜り込む。タケルに背を向けるように横になると、後ろからタケルがぴたりと体を密着させて抱きしめてきた。うわぁ! 体、熱いな。


「ああ、志穂の体冷えてる。冷たくて気持ちいいし抱き心地も最高でいい匂いもする」

 スンスン、と首元の匂いを嗅がれる。くすぐったい。

「もうっ! 黙って寝なさいっ」


 恥ずかしいっ。ドキドキするっ。こんなに密着して同じ布団にいるなんてっ。


「やだ。黙らない。ほんとはさっきの続きがしたかった…」

 腰に回した手に力がこもる。

「続きって…もうっ。いいから寝なさいっ」


 うひゃーっ! 思い出してしまったではないかっ。むりむりむりーっ!


「可愛かった。俺だけに見せてくれた顔。声も、全部。誰にもあげない。ずっと俺だけの…だから…ね。俺の…、」


 黙る。


 …寝た?


 寝たのね?


 私、そっと布団を抜けようと試みるも、ガッチリと体を捕まえられていて抜け出せない。


「動けない……」


 私は諦めて目を閉じた。

 熱を帯びたタケルの体は冷え性の私には電気毛布のようで温かく気持ちがいい。今日は色んなことがあったから、体も心も疲れていたのだろう。私はすぐに、眠りについてしまったのだ。




 誰かの気配を感じ、目を覚ます。目の前が、青い? ……デジャヴ!?


「おはよ、志穂」

 私、飛び起きようとしたけれど、出来なかった。しっかりと、タケルの胸の中にホールドされていたからだ。

「おはっ、おは、」

 平常心は、どこへ行った!?

「志穂と迎える二度目の朝だね」


 言い方!!


「あ、熱!」

 タケルの頭に手を当てる。

「下がってる!」

「うん、下がった。もう元気。だからさ、」

 にんまり、笑う。

「ちょっとだけ、悪戯しようかな」

 もぞ、とタケルの手がパジャマの下に伸びる。待って待って! 起きたばっかりで一体なにをっ。


「へぇ。お前ら、ヤッたの?」


 ありえない方向からの声に、驚く。

 ドアの所に立っているのは、凪人。


「ひゃぁぁぁ!」

 私、慌てて布団から飛び起きた。

「兄貴!? なんでっ」

「着替え、取りに来ただけ。そっか、俺からのクリスマスプレゼント、使ってくれたんだねぇ?」

 ニヤニヤしながら私とタケルを見る。

「使ってませんっ!」

 私、つい叫んでしまう。

「え? 使わないでヤッたの!?」

 驚く、凪人。


「違うっ」

「何もしてませんっ」


 タケルと私、同時に答えてしまう。

「ははっ、なんだよ、未遂か~。若いな」

 凪人は楽しそうである。

「あー、母さんたち、もうすぐ帰るってよ。ゆっくりしてると見つかるぞ? じゃあな」

 言いたいことだけ言うと、凪人はいなくなってしまった。


 私とタケルは苦い顔のまま、大急ぎで支度を始めたのだった。




「なんか、その…色々ごめん」

 タケルが頭を下げる。志穂は慌てて、

「大丈夫だよっ。熱、下がってよかった」

 と、笑ってみせた。


 バタバタのクリスマスが、無事、終わった。


「今日はゆっくりしてた方がいいよ?」

 部活があると聞いていたが、さすがに病み上がりでサッカーはやめた方がいいと思ったのだが…、

「いや、行ってくる」

 タケルが言い切った。

「ええ? なんでっ」

「動いて発散しておかないと、あれだよ、色々…ヤバい」

「はぁっ?」

 お互い、顔を真っ赤にして(多分)顔をそむけた。


思春期男子だもの。


「またね」

 笑顔で手を振る志穂を見送りながら、言いようのない幸福感で満たされるタケルだった。



おまけFIN~

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