クリスマス-5 急接近

「仲直り、出来たかなぁ」

 水族館を出たところで、私が呟いた。


「信吾のことだから、大丈夫だろ。あいつ、なんだかんだ言って牧野さんのこと大好きだからな」

 タケルが答える。


「ごめんね、ディナー券」

 私、つい勢いで渡して、って言ってしまった。今日の報酬、なくなっちゃった。

「ううん、ビックリしたけどいい案だったと思う。あいつら、驚くだろうな」

 ふふ、と満足そうに笑う。

「でもさ、これで夜の予定は振出しに戻っちゃったな。そろそろお腹、空いてきた?」

タケルに言われ、気付く。そういえばディナーのためにお昼は軽めにしてたんだった。

「そうだね、お腹空いてきたかも。何食べようか?」


 日曜日で、クリスマス。店はどこも人で溢れている。多少待たされるかもしれないことは、覚悟しよう。


「タケル君、何食べたい?」

「……志穂」

「へっ?」

「志穂が食べたい」

「私は食べ物ではありませんっ」


 あああ、どうしようっ、ちょっと前の私なら本気で何言ってるかわかんなかったに違いないんだけど、今は何言われてるかがわかってしまう!!


「ねぇ、うち…来る?」


 熱っぽくそう言い始めるタケルに、頭がついていかない。このまま家まで行ってしまったら、それって…、


「連れて帰りたい」


 じっと見つめられ、懇願するような視線を向けられ、言葉が、出なくなる。その沈黙をどう捉えたのかわからないが、タケルが私の手を引き歩き出した。


 ほとんど会話もないまま、歩く。


 私は心臓がとんでもない速さで動いているのを感じていたし、何度も足がもつれそうになったし、逃げたい気持ちと飛び込んでいきたい気持ちがせめぎ合って、何か言わなきゃと思っても言葉なんか何一つ出てこないし、ただ、腕を引かれるがまま、歩く。


 そうこうしているうちに、タケルの家の近くまで来てしまう。と、不意にタケルが歩みを止め、振り返る。


「ずっと黙ってるよね。本当に嫌なら言って。送るから」

「あ…、」

 改めて聞かれると、どうしていいのかわからなくなる。帰った方がいい? このまま、楽しい一日だったね、って笑って帰った方がいい……?

「志穂?」

 覗き込んでくるタケルの顔は苦しそうで、泣き出しそうで、なんだか切なくて、また何も言えなくなってしまう。


「だんまりはズルいよ」

「ごめ…ん、でも」

「でも?」

「どうしたらいいか…わかんない」

 私、顔を伏せてしまう。

「そっか、わかんないんだ。じゃ、わからせる」


 グイ、とタケルが私の手を引いた。早い足取りで家まで歩き、乱暴に玄関の鍵を開ける。そのまま押し込まれるように中に通され、玄関の鍵を、掛けた。


「コート、脱いで」

 促され、黙ってコートを脱ぐ。玄関先にコートを脱ぎ棄て、カバンを置き、二階へ連れて行かれた。タケルの部屋。机と、クローゼットと、ベッド。ふふ、カーテン青い。

「あの、」

 なんだか気まずくて、声を掛ける。そんな私をタケルが黙って抱き締めた。

「来ちゃったね。帰ることだって出来たのに。どういうことか、わかってるよね?」

「…それは、」

「どうすればいいかわかんないって? わからせてあげる」

 そういうと、私の首筋に唇を這わせる。

「んっ、」


 やだっ、変な声出たっ。


 私、恥ずかしくてタケルを押しのけようとする、が、力が入らない。

「可愛い」

 耳元で囁かれ、体が震える。

「そんなに敏感に反応しないでよ…、」


 頬に、キス。


 それから、口に。


 いつもとは違う、熱いキス。何度も唇を貪られ、だんだん頭が真っ白になる。腰を、背中をなぞる手が私から力を奪っていく。


「ぅ…んっ」

 崩れ落ちそうになる私を、タケルがベッドに寝かせる。覆いかぶさるように私を抱き締め、長い、長いキス。


「ずっとこうしたかった。志穂のこと、ずっとこうして、キスして、抱き締めて、めちゃくちゃにしたかった」

 潤んだ瞳で見つめられ、恥ずかしさから目をそらす。

「顔、そむけるな」

 耳元で吐息交じりに言う。わざとだ。わかってるのに、体が逐一反応してしまう。

「耳、食べちゃうぞ」

 はむっ、と耳たぶを噛む。

「あぁっ、」

 声、我慢できない。

「可愛い。もう、どうしようもなく可愛い。志穂、俺の名前、呼んで」

「タケ…ル…くん」

「君はいらない」

 はむっ

「んぁっ、やぁぁ」


 恥ずかしいよぉ……、


 腕で顔を隠すように逃げると、あっさりその手を掴まれ、ベッドに押し付けられる。


「ダメ。志穂の可愛いとこ、ちゃんと見せて」


 うわぁぁぁっ、こんなの無理だよぉぉ!


「ねぇ、やっぱり、あ、んっ」

 口を塞がれる。服の下にタケルの手が入ってくる。待って、本当にこのままだと……、

「もう逃がさないから」


 タケルの息が乱れ始める。体、熱い。


 ……ん?

 体、熱くない!?


 私、タケルの頭を鷲掴みにすると、そのまま自分のおでこにくっつける。明らかにこれは、熱!!


「タケル君、熱ある!」

 私、タケルを押しのけ、ベッドに押し倒す。タケルは驚いた顔で私を見上げている。

「ごめん、青いから気付かなかった。いつから具合悪かったの?」

「具合なんか悪くない!」

 クルン、と今度はタケルが私をベッドに押し倒す。が、ふらついてそのまま私に覆いかぶさった。

「ほら、やっぱり!」


 私はタケルの下から這い出ると、改めて額に手を当てる。結構な熱さだ。多分三十八度は優に超えている。


「体温計、どこ?」

「やだ…、」

「タケル君?」

「せっかく…志穂と…」


 ああ、そうね、何を言わんとしているかはよくわかる。でも、こんな状態になるまで我慢するなんてっ。


「タケル! 私の言うこと聞きなさいっ」


 ビシッと言い放つ。

「あああ、そんな呼び捨て、あんまりだぁぁ」

 タケルが心からの叫びを漏らした。


 私は言われた通り、リビングから体温計を持ち出し、ついでに即席の氷枕と、白湯を用意する。薬も飲ませたいが、胃袋空っぽはまずいだろうな。

「はい、熱測って」

 すっかりベッドでいじけているタケルに、体温計を渡す。渋々それを受け取るタケル。


 ピピッ

 38.7度。


「こんなに高かったの! もぅ!」

 枕をよけ、代わりに氷枕を置く。白湯を飲ませ、布団を掛ける。

「おかゆ、食べられるかな? キッチン、勝手に使わせてもらうね」


 キビキビと動く志穂を、恨めしそうな目で見るタケル。仕方ないなぁ。私はタケルの額にキスをした。


「どこにも行かないから、大人しく寝てなさい! わかった?」


 私はキッチンへと向かった。

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