クリスマス-3 デートの続き

「はい、じゃ撮るよ~」


 大原監督の声でシャッターが押される。せっかくだからとタケルとのツーショットを撮ってくれることになったのだ。


「うん、いいね。じゃ、次は二人見つめ合って、そう、ちょっと動いてくれる? おでこくっつけてみようか。うん、そうそう! こっちで勝手にシャッター押すから自然にね!」


 なんだか本当にモデルになったような気分でポージングなどしてしまう。


「よし、オッケ~」

 写真を撮ってもらっていたのは十分程度だったと思うが、周りに人だかりが出来ている。改めて、恥ずかしさがこみ上げた。


「じゃ、タケル君、これが例の物」

 怪しい封筒をタケルに持たせる奈々。

「写真は後で送るわね。住所は知ってるからさ!」

 バン、とタケルの肩を叩く。

「よろしくお願いします」

 私とタケルが頭を下げる。

「おい、準備できたぜ」

 のそのそと凪人が歩いてくる。奈々はパッと凪人の腕に絡みついた。

「じゃ、二人ともお疲れ~! 楽しいクリスマスをね~!」

 そういうと、雑踏に紛れていく。


「……いやぁ、嵐のような女ですなぁ」

 私がふざけて言うと、タケルが笑って、

「まったく、嵐のようでしたなぁ」

 と続けた。


「そういえば、何もらったの?」

「あ、これね」

 封筒を開ける。それは近隣のお洒落なシティホテルでのディナー券。これは…高そう!

「すごいね…これは」

 しかも今日はクリスマス。多分金額にしたら……なんていうのは野暮か。

「ごめんね、変なことに付き合わせちゃって。俺、半分はこれに釣られたんだ」

 ピラ、とディナー券を見せつける。

「あと、写真……」

「ああ、うん、わかる」


 プロのカメラマンにあんな風に撮ってもらうなんて、人生でそう何度もあることじゃないし、そこに関しては私も納得。


「すごく楽しかったし、貴重な体験だったよねっ!」

 タケルはどうか知らないが、少なくとも私はあんな華やかな世界とは無縁。今日の体験は一生ものだ!


「それにしても…、」

 タケルがしみじみと、言う。

「ん?」

「志穂は何を着ても可愛いんだな」


 ぶはっ。


「そ、そんなことはっ、ああ、ほら衣装さんとかプロだから、ね」

「顔出しなしだからよかったものの、志穂の姿が雑誌に載ったら大変だった」

 そりゃ大変よ。両親ひっくり返るわ。

「そういえば、タケル君は…顔出し大丈夫なの?」

「うちは兄貴が半分芸能界に足突っ込んでるし、まぁ名前も聞いたことない雑誌の数ページに載るくらいは別にいいかな、って」

「そっか」

「それより、大分時間取られちゃったね。何か食べよう」

「うん、お腹減ったね」


 時計の針は二時半を指している。ディナーのこともあるので、昼は少なめにしよう、と二人でハンバーガーにかじりつくことにする。




 午後になっても水族館は混んでいた。これでは魚を見ているのか人を見ているのかわからない、というくらい混んでいた。が、タケルは上機嫌だ。


「人がいっぱいだからね。仕方ないよね」

 触角をピコピコさせながら、密着してくる。二人羽織のような格好で歩く。

「あ、ペンギン!」

 密着しながらはしゃいでいる。


 そんなタケルを見る外野の目は相変わらずで、時折『芸能人?』という呟きが聞こえてくるのである。


「イルカ、観に行く?」

 タケルの声が頭上から聞こえる。私は頷いた。確かイルカのコーナーは外。少し外の空気を吸いたい。


 階段を上がり、外のイルカショーがあるプールへ向かう。ここもすごい人ではあるが、中よりはマシである。


「はー、開放感!」

 私はタケルから離れ、両手をいっぱいに伸ばした。

「逃げんなよ」

 タケルが私を追いかけ手を伸ばす。すぐ捕まってしまう。

「くっつきすぎなのでは?」

 私が冗談めかして言うと、

「全然足りません」

 真面目な顔でそう答える。


 ああ、これ傍から見たらバカップルなんだろうな…、と思ったが、何しろ今日はクリスマス。周りは全部バカップルに違いない(偏見)ので問題はなかろう。

 結局、二人羽織のペンギン歩きでイルカショーのプールまで歩くのだった。


「……あれ?」

 私、不意に見つけてしまう。

「あれって、三上君じゃない?」

 イルカショープールの観覧席に座っているのは信吾。しかし、隣には誰もいない。きっとつばさと来ているのだろう。つばさはトイレにでも行ったのか?

「あ、ほんとだ、信吾だ」

 タケルが私越しに身を乗り出す。近い!

「声、掛ける?」

 頭の上のタケルを見上げて訊ねると、そのまま唇を奪われた。

「ちょっ、」

「志穂が可愛いのが悪い」

 ニヤ、とタケルが笑う。


 公衆の面前でなんてことを!


 私はむくれてみせた。

「そんな顔しないで。もっとしたくなっちゃうから」

「むぅぅぅ!!」

 恥ずかしいってば!!


「あ、牧野さん来た」

 タケルが視線を戻し、言う。

 でも、なんだか……様子が、変?

「ねぇ、喧嘩してない?」

 遠くからだから何を話しているかはわからない。が、言い争っているように見えるのだ。そしてつばさが走り去る。

「どうしたのかな?」

 さすがに見過ごせなくなった私は、タケルと一緒に信吾の元へ向かった。




「おい、信吾」

 タケルが声を掛けるまで、信吾は俯いたまま微動だにしなかった。名前を呼ばれ、ハッと顔を上げる。

「…え? タケ…ル?」

 こんなところで会うとは思わなかったのだろう、驚いた顔をしている。そして、泣き出しそうに顔を歪める。


「タケルぅぅ~」

「おい、ちょっと待て、どうしたんだよ」

「ね、三上君、とりあえずあっち行こう」


 観覧席は次のショーの時間が迫りつつあり、とても話が出来る状態ではない。私たちは一旦そこを離れ、ベンチへと落ち着いた。


 まずは話を聞いてみないと。

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