クリスマス-2 モデルデビュー

「あ……、」


 ロケバスから降り立った志穂を見て、タケルが固まる。淡い黄色のワンピースに春色のストール。ベージュのアンクル丈ブーツという装い。髪は緩いウエーブが掛かり、トップを結い上げ、キラキラの髪留めを付けている。


「若いっていいわ~、ちょっといじるだけでこんなに変わるのねぇ」

 奈々が志穂に駆け寄った。

「変身した自分はどう? シンデレラ!」

 ルンルンでそう訊ねたのだが…、

「さっ、寒い……」

 志穂の答えは求めていたのとは違っていた。

「んもぅ、つまんない子ね」

 奈々が腰に手を当て、口を尖らせる。

「まぁいいわ。早速始めましょ!」

 パン、と手を叩き、モデルの三人に指示を出す。


「まず、志穂ちゃんそこに立って! そうそう、で、凪人が志穂ちゃんの左肩に肘乗せて顔を覗き込む感じで、そう、って、ちょっとタケル君、邪魔しない!」


 志穂に触れようとする凪人の腕をタケルが払い除けてしまうのだ。

「こんなとこで時間食ってると志穂ちゃんに風邪引かせちゃうけどそれでもいいのっ?」

 奈々の一言で、タケルが大人しくなる。

「そう! あんたたちは私の声に従ってればいいの! はい、続けるよ!」


 奈々の声はよく通る。指示も早く、次々にポーズを取らされ休む間もない。レフ板で光を当てているからなのか、奈々の矢継ぎ早な要求に応えてるせいなのかわからないが、寒さはどこかに吹き飛んでいた。


「じゃ、次、凪人が志穂ちゃんを両手で抱き締める感じで腕回して、その腕にタケル君が絡んでいく感じ…そうそう、一触即発っぽい感じで、目線、こっち! はい、次目線合わせて! じゃ、次は、」


 どのくらい写真を撮ったのだろう。あっちを向いたりこっちを向いたり、モデルってすごいんだな……。


「ここで十分休憩ね! 続きは建物の中だから、衣装替えもよろしく!」

 十分休憩で衣装替えるって、なに!?

 私はすっかりくたびれ果て、出されたお茶を一気に喉に流し込んだ。

「志穂、大丈夫? 寒くない?」

 タケルがそう言って寄ってくるも、

「大丈夫! ありがと…おおっ?」

 すぐに衣装さんに腕を掴まれロケバスに押し込まれる。

「ああ、行っちゃった…、」

「あんたも、こっち」

 奈々に腕を掴まれ、近くのアパレルショップへ連れられる。着替えを渡され、試着室へ。溜息をつきながら、思い返す。なんだってこんなことになってしまったのか……。


「なぁ、タケル」

 隣の試着室から、凪人。

「ああんっ?」

 ぶっきらぼうに答える。

「志穂ちゃんて、もしかして、見えてるってこと、ある?」


 ドキッ


 なんで、それを…、

「は? なんのことっ?」

 タケルは動揺をひた隠し、そう返事をする。

「だよな。まさか…な、」


 ……うまく誤魔化せたんだろうか。凪人には知られたくない話だ。


 着替えを終え、試着室を出る。

 アパレルショップの一角がスタジオのようになっていた。二人掛けの猫足ソファにクッション。お洒落な都会の一室、というイメージなのか?


「はい、準備出来ましたー」

 外から連れてこられたのは志穂。

 ふわふわの白の半そでニットに、マーメイドスカートというセットアップに、もこもこのスリッパ。髪は全部下ろし、カチューシャを付けている。


「やばい…とてつもなく可愛い…、」

 やっぱり駄々洩れてしまうタケルである。


「はい、じゃ早速撮りましょ。まず凪人ソファに座って。そう。で、志穂ちゃん凪人の上に乗って」

「へっ? 上?」

「そうよ。座ったままお姫様抱っこみたいな感じにしたいの」

「はぁ、」

 タケルが噛み付きそうな顔で凪人を睨んでいるのが分かる。

「はいはい、志穂ちゃん大丈夫だからおいで。これはお仕事。ちゃっちゃ終わらせてデートに戻りたいでしょ?」

 凪人の方からそう持ち掛けられる。


 案外、いい人?


 私は失礼して凪人の膝の上に座った。そのまま凪人の首に手を回し、半分背を向ける。とにかく顔が見えないように写らなければならないのだ。契約上?のことらしい。

「いいね。そのまま押し倒す感じで下がって、ああ、押し倒しちゃダメ、途中まで! 志穂ちゃん足一本だけ上に突き上げる感じ。そうそう、もう一本は綺麗めに、つま先に力込めて…うん、いいよ~」


 体制、つらっ。お腹プルプルしちゃう。


「志穂ちゃん大丈夫?」

 近っ!

 忘れてたけど、私の顔と凪人の顔、ほぼくっついてるくらい近いのだ。

「重くないですか? すみません」

 私、特に体重気にしたりもしていないので、今時の子みたいにスラッとしてない…、

「触り心地抜群だよ」

「なっ、なんですかそれっ」

 チャラ男めっ。


「はい、凪人の目線、いくつか頂戴~」

 凪人は私の背中に回した手を動かしながらポーズを決め、表情をくるくる変えていく。睨むように、愛おしむように、からかうように。凄い! 短時間でどれだけ多くの『顔』を出してくるんだこの人!


「オッケー! じゃ、タケル君入って!」

 仏頂面のタケルが私と凪人の間に割り込むようにドスンと座った。

「クソ兄貴」

「あぁん?」

「こら! 口は閉じる! じゃ、今度凪人は後ろで…そう、タケル君がさっきの凪人と同じポーズとって、凪人はソファの後ろから志穂ちゃんに手伸ばす。膝立ちでいいよ。で、志穂ちゃんは凪人に片手伸ばして~」


 私は必死にタケルの首にしがみつく。もはや恥ずかしいよりも、撮影の過酷さの方が上だった。室内での撮影は、とにかく暑い!


 目まぐるしく色んなポーズを要求され、へとへとになってきた頃、ようやく大原監督からのオッケーが出た。


「ふぁぁぁ~」

 私はソファにへたり込む。

「お疲れ様」

 タケルが労いの言葉を述べた。

「タケル君、かっこよかったよ」

 私は素直にそう述べる。凪人は手慣れたもんで、難なくこなしている風だったが、タケルも負けじと奈々の要求に応えるため頑張っていた。実際、兄弟そろって美形なのだから、カッコイイに決まっているのだが。

「志穂は宇宙イチ可愛かった」

 あはは、宇宙出てきちゃったし。

「じゃ、私着替えてくるね」

 そう言ってその場を離れる。




 ロケバスの前に凪人がいた。

「あ、お疲れ様でした」

 ぺこり、と頭を下げる。と、凪人が話しかけてくる。

「ねぇ、志穂ちゃんてさ『見える』人なの?」

「えっ?」

 ドキッとする。


 凪人には言うなと釘を刺されているのだ。


「なんの話ですか? 何も見えませんけど?」

 引きつりそうな頬に力を込め、言う。

 凪人はクスリと笑うと、言った。

「志穂ちゃんは素直な子だね。こういうときは普通『見えるって、何が見えるんですか?』って返事するんだよ。何も見えません、って、見えてることを誤魔化そうとしてるのバレバレなんだけど」

「……っ!」

「そうか、やっぱり志穂ちゃんにはタケルも、俺も青く見えるんだ。どうりで視線が上に行くわけだ」


 あ、それでバレた? 無意識のうちに触角≪あたま≫に目が行っていたのか……。


「だからタケルは…、」

 意味ありげに考え込む仕草。

「なん…ですか?」

「なんでもない。今日はお疲れ。じゃ、またね、可愛い子猫ちゃん」

 投げキスなどして、立ち去る。

「さむっ」


 外の気温と同じくらいの寒さを感じ、私は急いでロケバスに乗ったのだった。

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