おまけ:青い少年は最初で最後の恋を知る

にわ冬莉

クリスマス-1 水族館

「可愛い。今日も可愛い。めっちゃ可愛い。どうしよう。好き」


 心の声を駄々洩らしながら、いつもの公園で待ち合わせ。遠くから歩いてくる志穂を見つけ、テンション爆上がりのタケルである。


「おはよう。昨日振り……だね」

 照れくさそうに片手を上げる志穂に、理性が吹き飛ぶ。ガバッと抱きつくと、その感触にしばし酔いしれる。


「ちょ、いきなり、なにっ?」

 腕の中で小さく抵抗する志穂が可愛くて仕方ないタケルである。

「志穂、会いたかった」

 私は、面と向かって名前で呼ばれ、恥ずかしいやら照れくさいやらで頭がパニクリそうだった。


「ちょ、とりあえず、解放して」

 何とか抜け出そうとするが、全然離してもらえない。

「このまま同化しちゃいたい」

「同化しちゃったら水族館に行けないっ!」

「ま、それもそうだね」

 やっとタケルが腕の力を緩める。私はふぅ、と息をついた。

「朝から元気だなぁ、大和君」

 私はふふ、と笑った…のだが、

「大和君?」

 タケルが不服そうに声を尖らせる。

「あ、タケル…君」

 慌てて言い直す。

「まだ君付け?」

「だって、そんな急には無理だよぉ! 少しずつ慣れていくから待っててよぉ」

 両手で顔を覆い、恥ずかしさを閉じ込める。タケルはそれをこじ開け、キスをした。

「可愛いから許す」


 ひゃぁぁぁ!


 私は朝からアドレナリン出まくりである。


 学校は冬休みに突入していた。昨日、今日は休みだが、明日からはタケルが部活なのだそう。なので、この週末はずっと一緒にいたいとせがまれていたのだった。昨日がイブ。今日はクリスマスである。


 二人のカバンには、お揃いのストラップが揺れていた。





「混んでるねぇ」

 クリスマスの水族館をなめていたかもしれない、と、私は今頃気付く。辺りは一面、カップルだらけなのだ。


「整理券配布しておりまーす!」

 係員が声を荒げていた。入場制限までかかっているのか。


「とりあえず整理券だけもらって、その辺ぶらぶらしようか」

 タケルの提案で、併設するショッピングモールへと向かうことにする。と、街路樹の一角に何やら人だかりが出来ている。

「なんだろうね、あれ?」

 気になったので、野次馬よろしく人だかりの方に行ってみる。近付くと、何やら撮影のようなことをしているのが分かった。

「何かの撮影みたい」

「ふーん、でもカメラしかないね。ってことは、雑誌か何かの撮影かなぁ」

 タケルが言った。確かにマイクを持っている人はいない。カメラも、ドラマを撮るようなカメラではなさそうだ。


「じゃ、スタンバイお願いしまーす!」

 監督らしき人物の声が掛かり、現れた人物を見て、私とタケルが同時に声を上げる。

「あ、」

「マジか」


 タケルの兄、凪人である。


 確かに昨日『モデルのバイト』と言ってはいたが、まさか鉢合わせるとは。

「早いところ遠ざかろう」

 タケルが私の手を引っ張った。のだが、


「あれ? 弟君?」


 声を掛けてきたのは柊奈々である。

「あー、ども」

 ペコ、と頭を下げ、やり過ごそうとするタケル。だが、奈々の目はキラキラと輝きながらタケルを捉えていた。

「いいところに来てくれたわ~」

 キラキラではなく、ギラギラになっている気がする……、

「ちょっとだけ時間、あるわよね?」

 質問かと思いきや、質問になっていない。

「ないです」

「いいえ、あるわ。さ、おいで!」

 そう言うと、何故かタケルではなく私の腕を取り、輪の中へと突っ込んでいく。

「え? ええ?」

 結果的に私を追いかけ、タケルも輪の中に入っていく、という図式だ。


「監督~、いいこと考えた~!」

 奈々はまっすぐ監督の元へ私を引いていくと、私の肩に手を乗せ、言った。

「この子、使いましょう!」

「はぁ?」

「ちょっと!」

 私とタケルが抗議する。

「おいおいおい、なんでタケルがここにいるんだよっ」

 タケルに気付いた凪人が寄ってくる。

「あれ? 凪君の知り合い?」

 監督……と呼ばれた男性が訊ねる。

「これ、弟」

 差された指を払い除ける、タケル。

「へぇ、弟。うん、悪くないね」

 早速気に入られてしまう。

「ね、監督、こういうの、どう?」

 奈々が何やら耳打ちを始める。監督は聞くにつれ、その目に好奇心を宿す。

「なるほど、面白い!」

「でしょ?」

 奈々も楽しそうである。

「衣装さん、メイクさん、ちょっと来て~」

 奈々の号令でワッと人が集まる。

「この子、使うからいじってくれる?」

「は? 使うって、何ですか?」

 私もさすがに身の危険を感じ、後ずさる。

「モデルの子がドタキャンで困ってたのよ。ほんと助かった、ありがとね~」

「はぁ? 私なにも言ってませんけど?」

「いいのいいの、メインはあんたじゃなく弟君だから。でもあんたがいないと弟君、動かないでしょ?」


 失礼なっ! 私は餌かっ!


「顔は出さないから安心して。でも後ろ姿だけ使わせてもらうわね」

 ホイ、と女性陣の中に放り込む。私は複数のお姉さん方に囲まれ、そのままロケバスに乗せられた。

「おい! どこに連れて行く気だよ!」

 タケルは追いかけようと試みるも、奈々に阻まれる。

「借りるのは後ろ姿だけだから安心なさい。それよりタケル君…だっけ? あなたも着替えてほしいのよ」


「は? なんで?」

「はぁぁ? 嘘だろ?」


 大和兄弟、ハモる。


「凪人、今回のテーマは変更。『出会いの春』じゃなくて『奪い合いの春』にするわ!」

「奪い合い?」

 凪人が繰り返す。何かピンときたようで、ニヤッと笑った。

「なるほどね。楽しそうではあるな」

「でしょ?」

 凪人と奈々が含み笑いをする。タケルは自分だけ状況が分からず、イライラしていた。

「おい! なに二人で納得してんだよ! いいから早く志穂を返せっ!」

「へぇぇ、志穂ちゃんっていうんだ、彼女」

 奈々がからかうように言った。

「プロのカメラマンにツーショット撮ってもらうなんてなかなかできないわよ~? 写真、撮ってほしくなぁい?」


 ぐっ…、それはちょっとほしい…かも、


「彼女と雑誌に載るとか、なかなか出来るもんじゃないしねぇ?」

 追い打ちをかけてくる。

「しかも、今日使えるホテルのディナー食事券あげちゃうんだけどなぁ~?」


 ううう、大人って汚い……。


「…話くらいは、聞きます…けど」

「ぶはっ! オチた!」

 凪人が笑う。

「素直でいいわ~! じゃ、コンセプトを話すわね」




「私、これでもファッション雑誌の編集長代理なのよ?」


 名刺を差し出し、奈々。確かにそこには編集長代理、の文字。ただし、そこに記載されている雑誌名はまったく聞いたことがない。


「こっちが撮影監督の大原大喜さん。フリーだけど腕はいいわよ」

「どうも。しかし凪君に弟がいたとはねぇ。しかもいいじゃない、彼」

「そう言われるのが嫌だから出さないでおいたのにさぁ」

「奈々は目利きだよな」

 大人たちが雑談している間に、タケルは上着を脱がされ、シャツも脱がされ、別の服を着せられていた。靴も履き替え、顔には何かを塗られ、挙句、帽子まで被せられる。

「どうよ?」

 出来上がっていく様を見て奈々が胸を張る。

「いいねぇ」

「奈々さーん、出来ましたよ~!」

 ロケバスからも、声。ゆっくりと、志穂が姿を現す。

「奈々様の目に狂いはないわっ!」


 ガッツポーズの奈々であった。

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