第5話
「ではベル様。ライラを王子の寝室へ連れて行きます」
マーリの手がライラの背に触れる。
「頼んだわよ。薬を飲んだこと、ちゃんと確認してね」
「承知しております」
マーリは深々と一礼した。そしてライラは部屋の外へと連れ出されるのだった。
ハーレムの廊下を歩く。ライラは死地へと赴く心地だ。うつむき、マーリに促されるまま歩くのみ。数名、妃候補や女官とすれ違ったが、誰もが冷たい視線を突き刺してくるだけだった。彼女らにとってライラは、王子から呼び出しされた幸運で妬ましい奴に見えているのだろう。そんな中、一人だけ違う反応があった。
「ライラ、死にそうな顔して大丈夫? 本調子じゃないんだし、別の日にして貰ったら」
イリシアだった。アブーシのこともあり一瞬身構えたが、イリシアはただライラを心配している様子だ。
「イリシア様。御自分が選ばれなかったからといって、ライラの足を引っ張るのはお止めください。ハーレムに興味のなかった王子からのお呼びですよ。次があるかどうかも分からないのに、軽率に延期など出来ません」
マーリが毅然とした態度で言い返した。いつもと様子の違うマーリに、ハーレムの中にざわめきが広がる。
『マーリ、どうしちゃったのかしら』
『いつもおどおどしてて、他人の顔色窺ってるのに』
『ライラと仲良いし、守ろうと頑張ってるんじゃない?』
ひそひそとした会話が漏れ聞こえてくる。
『イリシア様ったら、心配するふりしつつ妨害するとか』
『イリシア様も意外と腹黒なんだぁ』
『確かに、マーリの言うことはもっともよね』
心配してくれたイリシアが悪者になり、悪者であるマーリが何故かライラを心配していることになっている。変な空気がハーレムに満ちてしまった。けれど今のライラに延期はありえない。早くサリムに解毒薬を飲ませたい。そのためには少しでも早く、王子に秘薬を飲ませなくてはならないのだ。本当は秘薬など飲ませたくないのに、早く飲ませたいだなんて矛盾してて笑ってしまうけれど。
「イリシア様、ご心配してくださりありがとうございます。ですが大丈夫です」
ライラは必死で笑顔を作った。たぶん引きつっているだろうけど、これは王子に会うことに緊張しているだけだと思って欲しい。
「いやいや、かなり無理な笑顔だよ。何かあったんでしょ。ちょっとこっち来なって」
イリシアがライラの手を掴む。けれど、あっという間にマーリによって離された。
「ですからイリシア様、嫉妬は醜いですよ。下に見ていたライラが選ばれて面白くないのでしょうが、そういう器の小さいことはお止めください」
周囲からイリシアを嗤う声が漏れる。ライラに構えば構うほど、イリシアの株がどんどん落ちてしまう。これ以上イリシアに迷惑は掛けたくなかった。
だから、ライラは心配してくれた感謝を込めて深々と頭を下げる。その様子に何かを感じ取ったらしいイリシアは、それ以上何も言わずただ溜息を零した。
イリシアの前を通り過ぎ、ライラはある部屋の前にたどり着いた。ここはハーレム内にある第七王子の私室だ。王宮内に王子の私室はあるのだが、ハーレム内にも用意されている。ただ、今まで王子が入室したことは一度もなかったのだが。
扉には植物の文様が描かれ、彩色も鮮やかにされている。いかにも高貴な方の部屋という趣だった。
「もう、第七王子はいらっしゃるのですか?」
ライラは震える声でマーリに問いかける。
「まだよ。王子が王宮の部屋を出たら、連絡が来るようになっているから」
マーリが念のためにノックをするが、やはり何の反応もなかった。マーリは躊躇うことなく扉を開けるとライラに入室を促した。
部屋の中は広々としていた。真ん中に綺麗な彫刻が施された机と椅子が置かれ、奥には天蓋付きの大きなベッドがあった。そして、ライラ達の入ってきた扉の向かい側にも、同じような扉がある。あちらの扉は、王宮から入ってこれる王子用の扉らしい。
「王子が来る前に再度確認しておくわ。王子が来たら取り乱すことなく挨拶をする。そして、お茶を飲みながら話をしましょうと進める。私は付き添いの女官として、お茶を入れる手伝いをしつつ、ちゃんと飲ませるよう見張る。いいかしら?」
マーリの説明にライラは頷く。
「そう。じゃあ最後に私から一つだけ言っておくわ。どんな結末になるかは、ライラ次第よ。よく考えて、あなたなりの最善が選択できることを願っているわ」
マーリの言葉に、ライラは驚いた。敵のはずなのに、ライラを激励しているみたいだ。
小さなノックが聞こえると、黒い踊り子だった女官が入ってきた。そして、マーリに小声で何かを伝えるとすぐに出て行く。
「ライラ、王子が部屋を出たそうよ。あと少しであの王宮側の扉から入ってくるわ」
マーリが奥の扉を指し示した。
ついに第七王子と対面するのだ。どんな顔をして会えば良いのか全然分からない。でもマーリが監視している以上、変な行動もとれないし、緊張ばかりが高まっていく。
カツカツと足音が聞こえてきた。音は次第に近づいて来ていったん止まる。そして、ノックが響いた。
「ど、どどどうぞ」
ライラはとっさに答えたものの、思いっきり声が裏返ってしまう。
扉がゆっくりと開き、青年が入ってきた。その姿にライラは目を見開く。
いてはいけない人物が、目の前にいた。
「どうして……シン様が?」
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