第5話
「起きたの?」
ライラがゆっくりと目を開けると、マーリがのぞき込んできた。
「私……もしかして、寝過ごしてしまいましたか?」
マーリが着替えてこうしてライラの部屋にいるということは、少なくとも早朝ではない。いつもライラは早朝に起きているので、完全に寝坊だ。
「あなた倒れたのよ。しかも、三日間目を覚まさなかったんだから。あなたがこのまま死んでしまったらどうしようって怖くて。まぁ、私なんかに心配されても嬉しくないだろうけど。そうよね、逆に困るわよね。私なんかが心配してごめんなさい。悪気はなかったの。ライラの代わりに私が倒れれば良かったのよ。よし、今からでも間に合う、死のう」
「いやいや、せっかく私の目も覚めたわけですし、一緒に生きましょうよ」
ライラは苦笑いするしかない。
「でも、本当に良かったわ。たまたま通りがかったベル様が、ライラの部屋から物音がしたから確認してくれたのよ。ベル様が気付いてくれなかったら、処置が遅れて命に関わったかもしれないって。すごく衰弱してたって医者のアブーシ様が言っていたわ」
ライラは記憶をさかのぼる。あの幼いライラ達の夢の前、何があっただろうか。
そうだ、ベルのために秘薬を作っていた。その最中にライラが倒れたから、ベルが医者を呼んでくれたのか。そこまで思い出して、ライラは部屋の中を見渡す。机の上には洗面器とタオル、遺物ではない普通の水差しとコップが置かれていた。作っていた秘薬はどうなったのだ。ライラは急に不安になってきた。
「ベル様が、助けてくださったんですね。あの、お礼を言いたいので、もしよければ呼んできてはいただけませんか?」
ライラが冷や汗を拭いながら言うと、マーリは快く引き受けてくれた。
待つ間に、よろよろと起き上がり遺物の水差しを探す。すると、棚の中にちゃんとあった。ツルレイシと蜂蜜も一緒にしまってある。どうやら誰かが片付けてくれたようだ。
そして、少し後にベルがやってきた。
「よかった、目が覚めたのね」
ベルが無表情ながらも、ほっとしたように息をついた。
「あの、助けていただいて、ありがとうございます」
「……いいえ、お礼なんて要らないわ。私のせいで、倒れたようなものだし」
ベルがゆるく首を振った。
「ですが、ベル様が人を呼んでくれなかったら、危なかったと聞きました」
「じゃあ、お互い様ってことにしましょう」
「では、そういうことで。ベル様、あと、その、秘薬の事なんですけど……えっと……」
秘薬のことをどう尋ねれば失礼に聞こえないのか分からずに、ライラはどもってしまう。
「実はライラが倒れた拍子に、すべて床に零れてしまったの。でも青白く光っていたし、とても不思議な光景だった。今回、薬はダメになってしまったけれど、薬の効果は信じるわ。疑ったりしてごめんなさいね」
どうやら、薬がどこかに流出したということはなさそうなので良かった。
「信じて頂けて良かったです。あとアブーシ様に、秘薬のこと、話してたりは……?」
「話すわけないわ。だってそのことを話したら、私が薬が欲しい理由まで話さなくちゃいけなくなるもの」
ライラは慌てて、へらっと笑う。
「そうですよね、ははっ、すみません。変なこと聞いてしまって。でも、この秘薬のことは他言無用でお願いします。体調が元に戻ったら、必ず作り直してお渡ししますから」
「……えぇ、ありがとう。でも無理はしないで」
ベルはそう言うと少しだけ微笑んだ、ような気がした。
その後、ライラは療養に専念した。バドラには、ハーレムの健康を診る立場のくせに自分が倒れるなんて反省しろと怒られた。こればかりはもう素直に反省するしかない。
問題はアブーシだった。何が原因であそこまで衰弱したのかと聞かれたのだ。医者相手に適当に言っても信じて貰えない。かといって、秘薬の事は口が裂けてもいえない。八方ふさがりで困っていると、イリシアが乱入してきて『恋煩いよ』と爆弾発言をしたのだ。
秘薬を連想させることを言われて、ライラは大量の冷や汗を掻いた。けれど、あっさりとアブーシはそれで納得してしまったのだ。「ライラさんも、若い娘だもんねぇ。でも、いくら相手が恋しくても、ちゃんと睡眠と食事は取ること。いいね」と。
そして療養中のライラに、ある嬉しい知らせが届いた。ザルツが使いを出してくれ、ライラが療養中なことを家族に伝えてくれたのだ。それがきっかけとなり、弟のサリムと双子の妹達が王都に来ることになった。
ライラへの見舞いが主ではあるが、優秀なサリムに一度王都を見学させたいと父が申し出たらしい。すると寛大な判断が下り、なんと王都に帰る使者への同行が認められたのだ。しかし、妹達も一緒に行くと言って聞かなかったらしく、結局三人とも来ることになってしまったそうだ。体調を崩して心配をかけてしまったことは申し訳ないと思っている。けれど、弟妹に会えるかと思うと待ち遠しくてたまらなかった。
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