第4話
分からないことが沢山ある。何故か覚えていないことがある。どうしてなのか考えなければいけないのに、考えれば考えるほど、思考が霧の中に埋もれていくようだ。そのもどかしさにイライラしてくる。でも、今は考え事をしていてはいけない。これから、ベルのために秘薬を作らなければならないからだ。
棚から水差しとツルレイシの粉末と蜂蜜を取り出し、ベルが来るのを待つ。
控えめなノックが三回、どうぞと言うと、ベルが入ってきた。
「来たわ。用意は大丈夫みたいね」
「はい。それでは、さっそく薬を作っていきますね。まずは、オアシスの水と、ツルレイシの粉末、蜂蜜を水差しに入れます」
ライラは挨拶もそこそこに薬を作り始めた。体が怠くて、少しでも早く薬を作り終えたかったのだ。
「その水差しが、遺物なの?」
「はい、そうです。水差しに必要な材料を入れ、その水面に月を映します。そして、呼びかけたら魔人が答えてくれるんです。その声は残念ながら私にしか聞こえないのですが、淡く水差しが光ると思うので、それで分かって戴けるかと思います」
「なるほど。いいわ、進めてちょうだい」
ライラは頷くと、集中を高める。
「月の魔人、起きて」
呼びかけるが反応がない。やはり、ベルがいては起きてくれないのだろうか。
「お願い、起きて」
ライラが再度呼びかけると、パッと青白く水差しが光った。今までこんな激しい光り方、見たことがない。いったい、何が起きたのだ。
『しばらくは起こすでないと言ったであろう。そなたは死にたいのか!』
月の魔人の怒鳴り声が、ライラの頭に響いた。
「ご、ごめんなさい。でも、前回からたいぶ経ってるし、大丈夫だと思ってたんだけど」
『……妾は、頭が痛い』
魔人でも頭痛がするのかと驚くと同時に、まるで先ほどのシンのようだと思った。
『そなた、本当は立っているのがやっとであろう?』
「月の魔人には、何でもお見通しなのね」
『妾でなくとも分かるじゃろうがの。それより妾を起こしたと言うことは、薬が作りたいということか?』
「そうなの。そこにいらっしゃる、ベル様の為に作りたいの」
ライラは、ベルをちらりを見る。ベルは無表情でこちらを見ていた。
『そなた、本気か?』
「もちろん本気だけど……何か問題でも?」
魔人が妙に念を押してくるのは何故だろうか。ライラは不思議に思い、首を傾げる。
『問題だらけじゃが……仕方ない。そなたは何を言っても聞かぬ頑固者じゃからの。それに妾たちは、使い手と一度でも認めた人間の願いは、叶えなければならぬ決まりじゃ』
「ありがとう」
ライラはほっとして頭を下げる。
『では、始めるぞ』
水差しの光が大きくなり、ライラを包み込む。暖かい光が中心に集まるに従って、ライラの額に冷や汗が吹き出した。
こんな感覚になるのは初めてだ。まるで体中の熱が光に奪い取られていくよう。貧血を起こしたように視界が乱れる。手足の感覚がなくなっていき、意識が遠くなっていった。
意識が途切れる間際にベルの声が聞こえた気がする。あぁ、薬はどうなってしまったのだろうか。
***
ライラは生まれ育ったオアシスにいた。いつの間に帰ってきたのだろうか。不思議に思いつつ辺りを見渡すと、泉のほとりにシンがいた。でも、どことなく幼い。そうか、これは数年前のシンの姿だ。
懐かしく思っていると、幼いライラが駆け寄っていく。自分の他にもう一人の幼い自分、どうやらこれは夢の中らしい。幼いころの自分たちを客観的に見るだなんて変な気分だ。
ライラはそのまま二人を眺めていた。すると、幼いライラが目元を拭いはじめた。どうやら泣いているらしい。何が起こっているのか気になって、ライラは恐る恐る近づいてみたが、残念ながら声は聞こえない。改めて意識をしてみると、この夢には音がなかった。残念に思いながらも、ライラは特等席で幼いシンとライラの様子を見ていた。しかし、とんでもない光景にライラから声が零れる。
「えっ、えっ、うそでしょ? ちょっと、子供にそういうことは早い!」
必死で幼いライラを慰めていた様子のシンが、恥ずかしそうにライラを抱きしめたのだ。そこまでならまだ良い。幼馴染みならばあることだろう。
では、何故焦ったかというと、シンがライラの頬の涙を手で拭うと、そのまま、なんと、信じられないことに、破廉恥にも、キスをしたのだ。唇を合わせるだけのキス。でも、いかにも甘酸っぱそうなキス。見ているライラの方が恥ずかしくなってしまう。
キスをされた幼いライラの方はぽかんとしている。けれど、シンが何かを言うと一気に顔を真っ赤にした。シンよ、いったい何を言ったんだ! 物凄く気になる。どうしてこの夢は声が聞こえないのだ。
そこまで思って、ライラはふと我に返る。夢なんだし、これは自分の妄想でしかないのだ。じゃあ、自分はこんなことが起こったら良いなとか、内心思ってるってこと? それはそれでめちゃくちゃ恥ずかしいではないか。
もういい、恥ずかしすぎるからもう夢から醒めたい。さっさと朝よ来い!
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