第4話
「ライラさん、大丈夫かい?」
「はい……なんとか」
「休憩から帰ってきてみれば、言い争いしてるから驚いたよ。いったい何が原因だい?」
そう問いかけるアブーシに他意などないかもしれない。だが秘薬のことは言えない。というか、本当に何も聞いていなかったのだろうか。アブーシは秘薬の詳細は知らずとも、存在を知っていたし興味がある様子だった。だから、もし聞いていたのなら危険だ。
「いえ、その……あの、本当はちょっと聞いてたり、しませんかね?」
「あれ、疑ってるの? 確かにベゼットが大きな声を出してるなぁとは思ったけれど、内容までは聞き取れなかったよ」
心外だとばかりにアブーシが肩を上げた。その様子に、ライラはほっとする。疑ったらきりがないが、取りあえずは聞こえてないようなので良かった。
「変な聞き方をして申し訳ありません。たいした話ではないのでお気になさらずに」
ライラは苦笑いを浮かべて誤魔化す。
「まぁ言いたくないなら、無理に聞こうとは思わないけど。でも、ベゼットは新参者だからまだ謎が多い。また絡んでくるようだったら俺に言って。何とかするからさ」
「ありがとうございます。助かります」
アブーシの申し出に頭を下げる。
「それはそうと、ハーレムから出てきたってことは何か用事があったんじゃないの?」
気分を変えるように、アブーシが笑顔を浮かべた。
「そうでした。実は薬の原料が欲しくて」
「あれ、一揃えハーレムの保管庫に入れといたはずだけど、足りなかった?」
「えぇと、それが……あんまり大きな声では言えないんですけど……」
ライラが言い難そうにしていると、アブーシが少し屈んで耳を向けてきた。
「んじゃ、こっそりと教えてよ」
意外と子供っぽい仕草をするのだなと、ライラは何だか微笑ましく思った。
「えっとですね――」
ライラはアブーシの耳元に顔を寄せ、小声で二日酔いの薬を作りたいのだと伝えた。
「剛胆な子もいたもんだ。それ、バドラ様に知られたらかなり怒られるんじゃない?」
「えぇ、まあそうなりますね」
「なるほどね。確かに大きな声じゃいえないな」
アブーシはくすくす笑いながら、原料の保管室の方へ歩き出した。ライラもそれに続く。
保管室は先日までライラが課題をこなしていた場所だ。足を踏み入れると、棚が綺麗に整頓されていた。
「ここ、すごい使いやすくなったんだ。以前から棚の整頓をしないといけないとは思っていたんだけど、なかなか出来なくてね。ライラさんが原料をすべて分けておいてくれたから助かったよ。僕らは棚にそれを種類ごとに置いていくだけで良かったからね」
棚の間をすいすいと歩きながら、アブーシが言った。
「やはり、あの課題は棚の整理も兼ねていたんですね。そうじゃないかと思って、棚の整理までしたかったのですが……薬の調合だけで精一杯でした」
「ライラさんさ、薬を作り直してたでしょ。あの作り直しがなければ、棚の整理まで終わってたと思うよ。ところで、どうして薬を作り直してたんだい?」
課題が合格した今なら言ってもいいかなと思い、ライラは口を開く。
「実は、バドラ様が盛大にくしゃみをしたんです」
「へぇ、せこい嫌がらせするんだね、あの人も」
アブーシが顔をしかめた。
「嫌がらせは否定しませんが、でも、くしゃみに関しては、わざとではなかったです。そもそも、原料の粉を触らせてしまった私の落ち度ですし」
「なるほど。だから何も言わなかったんだ」
「はい」
「ライラさんって生真面目だねぇ。あ、あったよ。これだね」
アブーシが小瓶を棚から取り出した。
アブーシはついでに他の原料も持って行くと言ったので、ライラは二日酔いの原料を受け取り一人で保管庫を出る。すると、思わぬ人物が立っているではないか。
「ちょっと仲良すぎじゃねえ?」
会いたくて仕方がなかった相手、でも、何故か物凄く機嫌が悪そうなシンだった。
「シン様?」
まさか本当に会えるとは思わなかった。嬉しいけれど、睨むように見てくるシンが怖い。
「だからアブーシと仲良すぎじゃねえの。何だよ、俺が理由聞いても教えてくれなかったのに、あいつにはぺろっと喋りやがって。そもそも距離が近いんだよ、許せん」
どうしてこんなに怒っているのだ。ライラは訳が分からず、困惑するしかない。
「シン様、あの、そんなに怒らないでください」
「怒ってない」
「いや、どう見ても怒ってますよ」
「違う、拗ねてんの!」
シンの言葉に、ライラはしばし絶句した。
「……えっと、拗ねてるんですか?」
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