第9話
「シン様のそういう所がダメなんです。すぐにからかって面白がるのは悪い癖です。ましてや好きな相手がいらっしゃるのですから、他の人にそんな事を言ってはいけません」
「えー、別に誰彼構わず言ってるわけじゃないし。俺だって、誤解を与えて困る相手には言ってないもん」
なるほど。確かにライラなら誤解することはない。口説くようなことを言っていても、それが冗談なのだと分かる。シンなりに言う相手は心得ているということか。
「一応考えてからかってるということですね。でもこの課題を達成すれば、私はハーレムに入ります。もうシン様の冗談に付き合ってあげられなくなりますから。これからは冗談はほどほどにして、好きなお相手にだけ本当の想いを伝えてください」
幼馴染みとして、シンの恋が上手くいきますようにと願う。その為にライラは敢えて諭すようにシンに言った。すると、シンがみるみるうちにふくれっ面になっていく。
「俺、ライラのそういうところ、すっげー嫌い。自分は安全地帯にいて、なんでもかんでも他人事だと思ってるとこ! 余裕ぶった奴の言うことなんか聞く気になるかよ」
子供が癇癪を起こしたかのように、シンは鼻息荒く言い放つ。
言われたライラは意味が分からなかった。確かに他人事ではあるが、ライラだってシンのことを思えばこそ言ったのに。なんだか物凄く腹が立ってきた。
「余裕なんてないです! 自分のことで精一杯なのに。王都に来てみればあんまり歓迎されてないし、居場所を勝ち取るためには課題をやり遂げなきゃいけないし、でもその課題は山ほどあって終わりきるか分かんないし、唯一頼れる幼馴染みは好きな人がいて、のろけ話を聞かされるし、何なのよ! 最悪な気分よ。シンのバカ!」
「バカとはなんだよ! それに、のろけ話なんかしてねえから」
シンが言い返してきたことに腹が立ち、さらに怒りで頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「のろけてるから! シンが好きな人の話するとき、すっごく優しい目をしてる。そんな表情、私知らない」
「んなわけあるか! もし本当にそんな表情してるんなら、ライラが忘れてるだけだ!」
「そんな表情、見たことあるなら忘れるわけないじゃん。もうやだ、つらい。村に帰りたい、家族に会いたい、みんな一緒だった昔に戻りたい……うぅ、ぐすっ」
気付いたら泣いていた。
ここ最近、ずっと気を張っていた。でも、それが一気に弾けてしまったみたいだ。
「あ、悪い……言い過ぎた。その、ライラは昔から俺に弱みを見せないから……えっと、ライラには何言っても大丈夫みたいに思ってて」
シンがばつが悪そうに謝罪を口にする。そのことにもライラは腹が立ってしまう。
「大丈夫なわけない! 不安で仕方ないよ。村から出て、家族と離れて、しかも、自分の力を証明できなきゃ追い出されるのよ。心細いに決まってるじゃん。それなのに、シンは意地悪ばっかり言うし、私じゃない人を見てるし、そんなの我慢できない!」
感情が高ぶって、自分でも何を言ってるのか分からなかった。けれど、どんどん言葉があふれてしまう。いったい何を口走っているのだろうか。
「ライラ? ちょ、ちょっと、ライラさん? さっきからなんか、凄いこと言ってるけど、分かってる? 俺、自惚れていいの?」
シンが戸惑ったように何か言っている。
「はぁ? 意味分かんない。シンの言ってることも、自分の言ってることも、何もかも全然分かんない! 私、シンのことなんて何とも思ってないから。それなのにシンに好きな人がいるって聞いてもやもやするし、何この気持ち、すっごいムカつく! こんな気持ちにさせるシンも、すっごいムカつく!」
「ライラ、落ち着け、ほら、ちょっと深呼吸しよう?」
シンが手を伸ばしてきた。ライラは思い切りその手を振り払う。
「うるさい! さっさと好きな人のとこ行けば良いじゃない。夜這いでもしてくれば――」
ライラの叫びは、シンの肩に吸い込まれる。気が付くとシンに抱きしめられていた。
「本当に、夜這いしていいのか?」
少しかすれたシンの声が、ライラの耳元で聞こえる。
「へ?」
ライラは鼻をすすりつつ顔を上げた。すると、シンが困ったような笑顔を浮かべている。
「だから、夜這い、していいの? ライラが許してくれたら、すぐにでも襲っちゃうよ」
なぜ自分の許可が必要なのかとライラは首を傾げる。けれど、出てくる答えは一つだ。
「……ダメ」
「ダメかぁ。言質も取って、今ならいけるって思ったんだけどな」
「やっぱり、ダメに決まってる。いきなり夜這いされたら、その人がきっと困るもの」
「うん、まぁ、そうだよな。ここじゃ、色々と不都合だし。初めては優しくしたいし、こんなベッドもないとこじゃな。しかも、よく考えてみれば見張りいるし、最悪じゃん」
「……シン? なに独り言いってるの?」
「なんでもなーい。てかさ、口調が元に戻ったな」
シンが頬をつんと突いてきた。だんだんと混乱が治まり、自分の状況が見えてくる。それに比例して、ライラの顔色はどんどんと青くなっていった。
ライラは慌ててシンから離れる。
「わ、わたし、感情のままに叫き散らして……」
乱暴な口調でシンに噛みついてしまった。けれど興奮しすぎて、言った内容をほぼ覚えていない。
「村にいたときみたいだったな」
シンはにやにやと笑っていた。
「申し訳ありません。シン様に対して、おびただしい暴言を吐いた……んですよね?」
「あれ、さっき言ったこと覚えてない?」
「はい……頭に血が上りすぎて内容を覚えていないです。でも、なんだかスッキリした気分なので、きっと、今までため込んできた罵詈雑言を浴びせたんだと思うのですが」
ライラは恐る恐るシンの様子を窺う。
「お前はさ、俺に対してそんなに罵詈雑言をため込んでた自覚があるの? なんか俺、地味にショックなんだけど。でも、そっか。言ったことを覚えてないってことは……無意識に飛び出てきたってことかな」
シンは何やら考え始めてしまった。
「シン様?」
「いや、いいんだ。ちゃんとライラの中にあるって分かったから。今はそれでいい。ほら、これで鼻水ふけ。きったない顔してるぞ」
シンに白い布を差し出された。その笑いをこらえた表情がムカついて、ライラは手を弾くように布を奪い取る。そして遠慮無く、豪快に鼻をかんだのだった。
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