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「というわけで第一回、迷宮攻略会議をはじめまーす」
「わー、ぱちぱちぱちー」
「……ぱちぱち」
「よろしく頼む」
「……私もなんか言ったほうがいいの?」
というわけで休養日の翌日放課後、迷宮探検隊の面々は伊坂家に集まっていた。発言者は順に蓮太郎、無駄に盛り上げようとする築音、築音に迎合する友、真面目に頭を下げるウリユ。そして築音になにか言いたげな視線を向けられて嫌そうにする麻咲である。
「みんなお疲れさま~。よかったら食べてね」
と、ついでにクッキーと飲み物を運んできた伊坂家母の、総勢六名だった。それぞれに礼を言ってクッキーに手を伸ばし、かりこりとクッキーの破砕音のなかで会議が始まった。
「ありがと母さん……むぐむぐ。さて、昨日は一日休養日だったし、各自英気を養いつつ、迷宮攻略について考えていたことだと思う。ので、まずはそれを一人ずつ発表していくことにしよう。ちなみに俺は超いいこと思いついたから最後に発表しまーす」
「無駄に自分のハードルを上げていく」
「お兄さんの言う超いいことってたぶんロクなことじゃないですよね」
「ロクなことじゃないのは間違いない」
「認めるんだ……」
「はい、じゃあまず私からいいかしら?」
てんでに好き勝手に言い合って収拾がつかなくなりそうな流れを切って、軽く手を挙げた麻咲が発言する。
「これもある意味ではロクでもないというか、愚直すぎる案だから最初に言っておきたいと思って」
「ほむほむ」
築音はクッキーをサクサクとやりつつも、聞く態勢になって麻咲に向き直った。
「もう、徹底的にやるしかないかと思っていたのよね。道なんてない森の中だから地図も作ってなかったけど、伊能忠敬にでもなったつもりで測量しまくるのよ。同じ長さのロープかなんかを用意して、等間隔にペグを打ち込んでいく。それで階層全部を十メートル四方ぐらいのエリアに分割して、そのうえでひとつひとつのエリアをクリアリングしていくのよ」
ほうほう、と感心したように頷いて聞いていた築音が、はっと顔をあげた。
「……それ、めちゃくちゃ大変なのでは?」
「めちゃくちゃ大変なのよ。そのうえ、そんな正攻法だけで本当に見つかるとも限らない。だから正直、伊坂くんが思いついたとかいう『超いいこと』に期待したいところね」
「わたしも、それしかないと思ってました」
おずおずと体の前で手を挙げながら友が言う。
「やり方はいろいろ工夫できると思うんです。あそこは樹はたくさんありますけど、逆に言えば樹しかありませんから。地形は平坦だし、縄張りしなくっても樹のいっぽんいっぽんを調べて『調査済み』とかなんとか貼っていけば、隅々まで目が行き届くと思うんです」
「なるほど、樹を単位にするのね。考え方が柔軟だわ」
麻咲は堅い褒め方で柔軟さを認めた。友がウリユに尋ねる。
「ウリユさん、あそこに次の階層への扉があるってことだけは、確かなんですよね?」
「……ああ。私の知る魔法力学の範囲では、魔力循環の点から必ず階層と階層をつなぐ扉はあるはずだ。もっとも扉の形をしているとは限らないし、暴走状態にあるあの迷宮にどれだけ常識が通用するのかは分からないが――」
「出入り口がなかったら詰んでるもんね。それは今のとこ考えなくていいと」
言葉を築音が引き取って、ウリユも頷いた。
「それよりも、私は憂慮していることがある」
「ゆーりょ」
「果たして扉は地上から見える範囲にあるのか、ということだ」
「……あー」
「無意識に、考えないようにしていたかもしれないわね」
友と麻咲が同時に、ため息まじりの声を漏らした。ひとりきょとんとした表情の築音が気楽に言った。
「それって、樹のうえに扉があるってこと?」
「十分に考えられることだ。むしろ今まで地上を探して見つからなかった分、可能性は高いと言えるかもしれない」
「木登りかあ。アーニャの応援つきなら案外簡単そうだけど、危ないからやめたんだっけ?」
「うん。魔物は樹の上に住んでるみたいだからって」
むろん今までにも森林地帯である迷宮第一層において、樹に登って上から全貌を確かめてはどうかなどという話はあった。が、地上ではさしたる脅威でもないカエルザルも、足場の不安定な樹上では危険な存在となりうるため、まずは地上の踏破が優先されたのだった。
「だいいち、自分を応援できない俺は登れないからな」
「伊坂くんの応援の効きが悪い私も怪しいものね。それに、労力の問題もある」
眉根を寄せた麻咲の言葉に、ウリユも同意した。
「ああ。探索範囲が三次元方向にも及ぶとなると、どれほどの時間がかかるか想像もつかないな」
「なるほどー、そりゃ考えたくもないわけだねえ」
他人事のような呑気な口調で言って、築音はクッキーを口に入れつつ兄を振り仰いだ。
「んじゃ、ここらで全てを解決する、アーニャの名案をがつんとひとつ」
「……妹、お前の意見がまだだったと思うが」
「あたしはなんとなくアーニャとおんなしこと考えてる気がするし」
「あり得るな……。昔から発想が似てるし、あんだけ勿体つけて先に言われるのも間抜けだな」
「何よ、きょうだいだけで分かってないでさっさと言いなさい」
麻咲にかるく睨まれて、蓮太郎は麦茶をひとくち飲んでから「まあ、言ってしまえば単純なことなんだけど」と話し始めた。
「なんつーか、邪魔なら樹、切っちゃえばいいんじゃないかなって」
「……」
しばしの沈黙が場をつつむ。蓮太郎には、妹以外の三人の表情に「それってアリなの?」と描かれているのがありありと読み取れた。
「いやさ、秋本さんはいなかったけど、最初に探索したときに友ちゃんがでっかい木を見上げて『樹齢千年はありそうですね』とかなんとか言って、でも実際は魔力でできてるだけだから、樹齢二日とかなんだよねー……みたいな会話があったじゃない」
「ああ、ありましたね」
「でさ、迷宮探索の目的だけど、地上階層までの踏破はもちろんとして、暴走してる魔力を何とかしなきゃいけないって話だったじゃないですか。そのために、魔物を倒して、倒した残骸から溶け出す魔力をウリユさんの宝剣に吸わせるっていう」
「……ああ、その通りだ」
ウリユは思案する表情で頷いた。
「ここまで言ったらだいたい分かってきたと思うんだけど、この二つの話って繋がるんじゃないかな。あの無駄にわんさか生えてる樹を切り刻んだら、その残骸から魔力吸えないかなーって。そしたら邪魔な樹も減って探索しやすくなるし、一石二鳥かなって。それが俺の思いついたアイデア」
「名付けて?」
「……押してダメなら押し倒せ作戦!」
「おー、ぱちぱちー」
「……息ぴったりですね」
「伊達に長年兄妹やってないからな」
妹の無茶ぶりに咄嗟に合わせて友に呆れられたりしていると、麻咲が作戦に疑問を挟んだ。
「ちょっと待ってよ。樹を切っちゃったら、扉が樹の上にあるかもって話はどうなるのよ?」
「それな」
「それなって……」
「いやでも、何とかなるような気はしない? 聞くに扉っていってもホントの扉じゃない、ファジーな穴みたいなもんらしいし。樹を切ったからってその上にある扉が消えちゃうってことはないんじゃない?」
蓮太郎が言うと、そこのところどうなの、と言いたげに麻咲はウリユに顔を向ける。ウリユは難しい顔をしつつ口を開いた。
「迷宮の扉は通常、破壊することはできないと聞いている。また何らかの方法で破壊、または完全に塞いだ場合は別の場所に出現する、らしい」
「ほら、大丈夫そう」
「……だが逆に、例えば高い樹の頂上に扉があったとして、その樹を消滅させても扉はその場に残る、ということも考えられる」
「あー。樹を根こそぎ切り倒したところで、何もない空中に扉を見つけるとか、シャレになりませんね」
友が頷いてリスクを挙げたが、蓮太郎は無造作に、
「そんときは、どっかでトランポリンでも調達してきてスーパージャンプ決めればいいんじゃない?」
「……お兄さん、なんか投げやりになってません? 取り返しのつかないことになるかもしれないんですから、ちゃんと考えないと」
「取り返しのつかないことなんてそんなにないって。最初は間伐というか、適度に樹を残しつつ切っていくとかやりようはあるんだし。問題が起きたらその時に考えればいいんだよ」
と、あくまで気楽に応じる。
「それにさ、みんな」
駄目押しに、蓮太郎は全員の顔を見渡して言った。
「これまだ最初の階層の話じゃん。第一階層に何年もかけたくなくない?」
「……」
積極的な賛成の声は出なかったが、皆の表情からは反対意見が無くなったのが明らかだった。
蓮太郎はそれを見てとって「よし」と立ち上がり、高らかに宣言した。
「やるか、森林伐採!」
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