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ほんの数日の出来事とはいえ、話し始めると十分二十分で語りつくせるものではない。時折挟まる麻咲の質問やウリユの説明も交えつつ、蓮太郎たちもあらためて事態を見つめ直しつつも話すうち、腹も空いてきたのでそのまま喫茶店で昼食を摂ることにした。
メニューは、五人全員がナポリタンのスパゲッティである。他の食事メニューを注文しようとすると、マスターが『きょうの おすすめは なぽりたんだよ』と村人Aのように同じセリフしか喋れなくなってしまったためである。トマトソースがべっちょりとかかったナポリタンは、意外と言っては悪いが美味しかった。
食事を終えると今日の買い物は切り上げて、我慢できそうにない麻咲を連れてバスに乗って兄妹の家へ舞い戻る。麻咲以外はそれぞれ準備の服装に着替えて迷宮探索とあいなった。
「……あなたたち、梅ジャーで行くの?」
「うん。変? これでもウリユさんからは、伸縮性も丈夫さも申し分ない! ってお墨付きなんだけど」
「変というか、体育の授業みたいで雰囲気は無いわね……」
各自着替えて秘密基地に集合したところで、麻咲はそんな感想を漏らした。確かに梅ジャー(兄妹の通う高校指定のジャージ。梅色としか言いようがない微妙な色のためこう呼ばれている)に剣帯を巻いて聖剣ハチドリを差した妹の姿は、勇者ゴッコをする子供のソレにしか見えない。
蓮太郎と友は築音と同じく梅ジャーだが、ウリユはもともと来ていた装備がボロボロだったため、また防御力は蓮太郎の魔法で底上げできることが判明しているため、兄妹の母がジョギングを始めようとして買ったが結局一度も着なかったトレーニングウェアを着ている。こちらは無駄にブランドものの品とあって、ウリユの愛剣を伴っても幾分かマシに見える。
麻咲はさすがにロングスカートでは迷宮どころか秘密基地までも辿り着けないので、築音のジーパンを借りていた。築音いわく、自分よりも背が低いのに丈がぴったりなのは納得がいかないとご立腹であった。とまれ各自ちぐはぐなりに準備が整って、秘密基地大明神様のほこらから異世界迷宮へと突入していくこととあいなった。
「なるほど……これは確かに、もう異空間としか言いようがないわね」
意外なほどスムーズに懸垂下降して迷宮内に降り立った麻咲が、きらきらとした表情で通路を見渡す。喫茶店で打ち明けた際の熱量からしてもっとはしゃぐかと思われたが、自制しているのかそれなりに冷静なようだった。
「あ、ウリちゃん、ここならもう魔法使えるんだよね? ちょっとやって見せてよ!」
「うん? ああ、そうだな。今朝は恥ずかしい所を見せてしまったしな……」
麻咲へのサービスのつもりなのか、築音が魔法をねだる。皆が注目する中、ウリユは今朝の食卓で失敗した魔法を改めて唱えた。
「では……『火よ』」
ウリユの指先にぼっ、と火がともる。ライターの火よりはるかに大きく、手を広げたほどの炎が不定形にゆらめき、数秒で消えた。
「「「おおーーー」」」
三人が感嘆の声を漏らし、沈黙する。何というか、ゲーム的な『魔法』のイメージそのまますぎて、逆にコメントが難しかったのだ。
「……何とか言ったらどうなんだ、おい」
今回は成功したはずなのに、やはり恥ずかしげにウリユがこぼした。
「ああうん、なんか普通にすごくて……ていうかあたし、てっきりアサちゃんがめっちゃはしゃぐかと思って、そっちの反応ばっか気にしてた。なんで? 魔法大好きなんじゃないの?」
麻咲はそれをふっと鼻で笑う。
「好きよ。今の火の魔法も、震えるほど感動したわ。実際ちょっと震えてるし」
「……ほんとだ! 地味!」
よくよく見ると確かに、麻咲の握りしめた両拳は小刻みに震えていた。
「でもねつくえちゃん、私の『好き』はたぶんあなたが思ってるようなのじゃないわ」
「そうなの? ……いや机じゃないけど!」
「……もちろんこうして魔法を目の当たりにできるのはとても嬉しいことだけど、私にとって何より嬉しいのは、私たちの世界に魔法が存在すると分かったことよ。だから正直、ナナタウンであなた達を見つけた時からずっと震えているわ」
「そ、そうだったんだ……。でもさ、魔法が存在するのはあくまで異世界でのことなんじゃないの? もとの世界だと魔力的なものがなくて使えないらしいよ?」
「異世界って何よ。こうして行き来できるんだから、私をとりまく世界の一部でしょう。人類はその歴史の中で住む世界を広げてきた。陸から海へ、海から新大陸へ、やがて空へ、ついには宇宙へというようにね。そんな旅路の果てに、ついに魔法のある異空間に辿り着いたというだけじゃないかしら?」
「お、おう……アーニャわかる?」
「秋本さんが冷静に見えて実はすごいハイになってることはわかった」
演説をぶっていても、麻咲の表情は表面上はほとんど動かない。しかし言葉にこもる熱量は並々ならぬものを感じさせた。
「それよりも……伊坂くんが使えるっていう、増幅魔法が気になるわ。話を聞いただけじゃ良く分からなかったし」
「そうか、ま、まあ私の専門は魔法じゃないからな。蓮太郎の魔法に比べれば大したことがないのは当然だとも……」
なぜか拗ねているウリユを後目に、今度は蓮太郎が魔法を実演することとなった。
「じゃ、はい友ちゃん」
「なんでわたしから……別にいいですけど」
嫌そうな友に左腕を向け、蓮太郎は心の奥底から沸き起こる友に対しての言葉、『真言』を紡ぎあげる。腕輪の文様が明滅し、麻咲が期待の目を見張った。
「『友ちゃんは今日も最高可憐な俺の妹だったよ』」
「いやアーニャの妹はあたしなんだけど?」
「わたしはお兄さんの妹ではないです」
二人の妹の突っ込みに逆らうように、強烈な光が腕輪から放たれて友を包み込んだ。
「……」
麻咲の瞳からはすうっと期待の光が失われた。
「『妹はかわいいことがいつも通りすぎてむしろかわいいが妹と言っても過言ではない』」
「アーニャ何言ってんの?」
「……」
「『あ、今日のフード被ってるウリユさんもとても素敵でした』」
「あ、ああ。ありがとう……」
「……」
三者三様に光が包み込み、増幅魔法が発動する。その様子をじっと眺めていた麻咲は、合点がいったというふうに頷いた。
「なるほど……察するに、あなたの気持ち悪さを原動力として発動する魔法ということね?」
「違うよ!? さっき説明したでしょ!」
「いや、無理もないと思いますよ」
友が言った。もっともな話であった。
「んじゃ次はアサちゃんね。目指せ友ちゃん超え!」
「ぜひ超えていただきたいと思います」
「……魔法の初体験がこんなに気の進まないものだとは思ってもみなかったわ」
さんざんに言いつつ、それでもやはり楽しみなようで、麻咲は進み出てきた。
いっぽう蓮太郎は、どこかぴんと来ていない表情で腕輪を向ける。
「……えっと、褒めればいいんだよね?」
「どうして聞くのよ。あなたの方が詳しいでしょう」
「そうだよな。えー……秋本さんって、すごく可愛いよねー」
「……」
腕輪はちらりとも光らない。気まずい沈黙がしばし一同を満たしたあと、麻咲が口を開いた。
「……たしかそれ、本音じゃないと発動しないのよね」
「あ、あー、いや! アサちゃんってば可愛いってより綺麗系じゃない? アーニャもほら、誉め言葉をあたしたちに合わせることないんだからさー!」
なぜか慌ててフォローに入る妹に、蓮太郎も冷や汗を流しつつ応じた。
「な、なるほど、きっとそうだな妹! よーしじゃあ……秋本さんってとっても綺麗だよね。いよっ、お美しい!」
「……」
しかし何も起こらない。
「かわいいの一言でもちょっとぐらいは反応するもんなのにね」
「築音ちゃん、しーっ」
「……」
外野のつぶやきに麻咲はぴくりと頬をこわばらせつつ、一歩蓮太郎に近づいた。
「伊坂くん……もしかしてと思うけど、私をおちょくってる?」
「い、いや、いたって真剣にやってます。はい」
「本心じゃないってことでしょう? 変にお世辞を言うのはやめてちょうだい。あなたが私に対して思っていること、遠慮しないで聞かせて?」
凄みを利かせて微笑んでくる。蓮太郎はこくこくと頷いた。
「えっと、それじゃあ――『クールそうに見えてすごい愉快な人』? だなあ、とか……」
疑問符付きのその言葉に、腕輪はそれはもうあっさりと光った。
とりわけ大きいわけではないが、ウリユの時と同じくらいの光が麻咲を包み込む。
「……なるほどね」
麻咲は確かめるように手のひらを握ったり開いたりしつつ、蓮太郎ににじり寄った。
「あなたが私のことをどう思っているのか、身をもってようく分かったわ」
「あ、あのー秋本さん? 俺強化されてないからね? 今殴ったらシャレにならないからね?」
「おかしなことを言うのね。どうして私に殴られると思ったのかしら?」
「拳を握りしめながら近づいてきてるからだけど!?」
こうして麻咲の初強化は無事に成功し、これからの迷宮探索にもついて来られることが確認されたのであった。
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