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「もー、いきなりあのウリユさんはズルいよ……びっくりするからやめてよね、築音ちゃん」

「あはは、ごめんね友ちゃん。友ちゃんはいちいち反応がアーニャに似てるからさ、ついいろいろ試したくなるんだよね」

「お兄さんと……?」

「露骨に嫌そうな顔するなよ。俺と似てるってことは、妹とも似てるってことだぞ」

「築音ちゃんとですか……?」

「なんであたしの時も嫌そうにするの!? ていうか友ちゃん、嫌そうな表情うまいね!」

「私から見れば、三人ともよく似た性向を持つ者同士に見えるがな」

「「「えー?」」」

 賑やかにしつつ、一行は秘密基地に到着した。今日はウリユ以外は皆高校指定のジャージの上下を着ている。男女ともに梅色の、生徒からは親しみを込めて『梅ジャー』と呼ばれる、絶妙にダサいと評判のジャージである。

 まずは安全確認からと、洞窟の入り口上に生えている樹木にくくりつけられたロープを確認するところから始まる。ロープは洞窟上の裂け目をつうじて天井から、秘密基地大明神――と兄妹の呼んでいたほこらの中に消えていく。ロープの強度を確かめつつ、兄、ウリユ、妹に助けられつつ友、最後に妹の順番で入っていく。

 突入した順番からも分かるように、四人の中では友が最も非力かつ運動慣れしていない。結び目も何もないロープでの下降に悪戦苦闘しつつ、最後は落ちるようにしてよろめきながら着地した。

「だいじょぶ?」

 まもなく妹は靴の裏で器用にロープをとらえて、友を労りつつ降りてきた。

「う、うん、ありがとう。でもここまで来といてなんだけど、やっぱりわたしに出来ること何もないよね? 運動神経もないし、正直足手まといなんじゃ……」

 友はウリユにも分かるよう、築音の剣の柄に手を添えながらおずおずと言った。

「えー? そんなの気にしなくていいよー。異世界っぽい迷宮探検なんてなかなか体験できることじゃないんだから、友ちゃんを仲間外れにするわけないでしょ!」

「いや、迷宮探索は遊びじゃないんだが……。散々巻き込んでおいて何だが、私としても命の危険のあることに、戦闘能力のない者を巻き込むのは……」

「まあまあみんな、そこは俺に考えがある」

 ウリユの言葉を遮って、兄が割り込む。兄としては友が迷宮探索にあたってウィークポイントになりえるというのは、すでに考えていたことでもあった。

「ホントは後でやるつもりだったけど、よく考えたらここは安全だし、先に検証しちゃおう。確かにこの四人の中で、友ちゃんだけ役割がないわけだけど……」

「後ろで応援してるだけのお兄さんには言われたくないんですけど」

「その誤解まだ解けてなかった!? あのね友ちゃん、あれは魔法なんだよ。この腕輪をつけて『真言』ってのを唱えると、増幅魔法とかいう相手を強化する魔法が飛ばせるわけ」

「はあ……」

 友の表情には『胡散臭い』と書いてあったが、築音とウリユが真面目に聞いているので、一応兄の言葉を聞くことにしたようだった。

「それでその『真言』とかいうのと応援になんの関係が?」

「そう、そこなんだよ。俺も真言ってなんぞ、と思ってたんだが、文字通り真の言葉、よーするに、ホンネ、ってことなんじゃないかと思うんだよね。例えば」

 と、兄は妹に腕輪を向けて『妹がんばれ』と唱えた。腕輪に刻まれた幾何学模様がぼうっと発光し、その光は幾条もの線となって妹の身体に吸い込まれていく。

「おおっ……!」

 その不思議現象に友も息を呑む。前回は明るい森の下でのことで、しかも突然の魔物に慌てていたので分からなかったが、こうして薄暗い場所で見ると何らかの力が働いているのは瞭然だった。

「ん、ちょっと力が湧いてきた気がする」

 ぐーぱーと手をにぎにぎしつつ妹が頷いた。

「うん、まあ妹にがんばれと思う気持ちは嘘じゃないから発動したけど、そんなにがんばって貰わないといけない状況でもないから、そんなもんだ。しかし今度は違うぞ。『妹かわいい!』」

 変化は劇的だった。腕輪は一瞬強く発光すると、太い光が拡散しつつ妹に向かって収束する。さらには光を吸い込んだ妹の身体までもが、鈍い光を発しはじめた。

「おーすごーい! さっきとは比べ物にならないぽっかぽかーな感じだよ!」

「この通り、俺のホンネに近い言葉ほど、強い効果を発揮するわけだ……って、どうした友ちゃん。なんで妹を引っ張って遠ざかろうとする」

 友は親友の袖を引きながら、じりじりと兄から距離を取っていた。ちなみに傍らで黙って見守っているウリユも、内心は引き気味であった。

「……築音ちゃん、ホントにあのお兄さん大丈夫? 変なことされてない?」

「ほえ? 何が?」

「友ちゃん、違うからね!? そういうんじゃないから。妹を可愛がるのは兄の本分というか、そういう意味でのホンネだからね?」

「……」

 まだじとっとした疑わしい視線を兄に向けている友だったが、当の妹の方はさして気にならないらしく、こてりと首を傾げた。

「アーニャの魔法の仕組みはなんとなく分かったけど、それと友ちゃんのことと何の関係があるの?」

「うむ、よくぞ聞いてくれた。つまりたぶんこれ、妹専用強化魔法じゃないと思うんだよ。これでウリユさんや友ちゃん、さらには俺自身も強化しつつ探索すれば、だいぶ体力の底上げになるんじゃないかな」

「なるほど! ながれいしだね、アーニャ!」

「妹、それ流石(さすが)って読むんじゃないのか?」

「逆にお兄さんはよく分かりましたね。っていうか、すでに嫌な予感がするんですけど……」

 早くもげんなりした表情の友をよそに、兄はまず腕輪をウリユに向けた。

「じゃあまずはウリユさんから」

「わ、私か? 別にかまわんが、何を言うつもり……」

「『ウリユさん、マジで目がつぶれそうなぐらい美人!』」

「……」

 額を押さえて恥ずかしそうな表情をするウリユに、光が吸い込まれていく。先ほどの妹のときほどではないが、確実に増幅魔法は発動していた。

「うん、やっぱり成功した! まあ、昨日の戦いのときちょっとウリユさんにも効いてるような手ごたえあったから、これは自信あったんだけどな!」

「た、確かにこれまでになく力が湧いてきたが……。本当にその言葉じゃないと駄目なのか?」

「普段から思ってる一番のホンネがこれなんで!」

「そ、そうか……」

 むず痒いという風に身体をもじもじさせるウリユから、兄の標的は友にうつる。

「というわけで、次は友ちゃんね。ウリユさんはもともと強いし異世界人だから効くと思ったけど、純日本人で聖剣も持ってない友ちゃんに効くかどうかは試してみないとなんとも……」

「あっ、わたしはいいです」

「いや友ちゃんがむしろメインだからね?」

 築音に押し出されつつ、嫌そうな顔の友が進み出る。

「じゃあいくぞ。……『友ちゃん天使かわいい』」

 ぱあっと、腕輪から爆発するような光が舞い上がった。

 太い光が何条も、通路全体に拡散するようにして飛び交い、すべてがものすごく嫌そうな顔の少女に吸い込まれていく。吸い込まれた後もはっきりと分かるほどに友の身体は明滅しており、その梅色のジャージ姿とあいまって、梅の精霊が降臨したかのようであった……。

 あまりに劇的な効果に魔法を放った兄すら呆然としていると、ウリユがぼそっと呟いた。

「……なるほど、これが蓮太郎のホンネか」

 続いて築音が、

「真言って、アーニャの好みが分かるシステムなんだね……」

 最後に友がふかぶかと頭を下げた。

「ごめんなさい」

「告ってないのに振られた……!」

「いや、今の魔法は告ってるようなもんだったよ。どんまいアーニャ」

 ぽんと妹に肩を叩かれ、蓮太郎はがくりと膝をついた。彼の魔法はあまりに強力であったがゆえに、あまりに恐ろしい代償を秘めていたのであった。

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