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目的が定まったところで、四人は具体的な行動を決めるためにしばし話し合った。結果、何を準備するにせよまずは迷宮の現状を確認しようということになった。ウリユが言った。
「私の剣のことも心配だ。無くなるということはないにせよ、ここまで一緒にやって来た愛剣だ、手入れぐらいはしてやりたい」
昨日は剣のことにまで気が回らなかったので、ラスボスの間に転がったままのはずだ。というわけで今日は剣の回収がてら、下見に行くことと決まった。
「晩ごはん用意して待ってるから、なるべく早く帰ってきなさいよ」
「はーい」
と、母に見送られて今まさに出発しようとした玄関口。
タイミングを見計らったかのように、ぴんぽーんとチャイムが鳴った。
「ほいほーい」
ちょうど前に立っていた築音がノータイムでドアを開ける。鳴らした瞬間に出迎えられた訪問者が驚き、後じさった。
「わっ! ……って、築音ちゃんか。びっくりした」
「ほえ? 友ちゃん?」
ドアの前に立っていたのは、どこか眠たげな目をした小柄な女の子である。伸ばしている途中のショートヘアといった中途半端な長さの髪型で、可愛らしい顔立ちだがどこか地味な印象を受ける。彼女は兄妹と同じ高校の制服を着て、なぜか通学鞄をふたつ持っていた。
「どうしたのさ友ちゃん、急に」
「どうしたのはこっちのセリフだよ。築音ちゃん、これ」
友ちゃんと呼ばれた女子生徒が、片方の手に持った鞄を差し出す。築音にはよく見覚えのある鞄だった。
「……あたしの?」
「そうだよ、もう! どうやったら鞄を忘れられるの!」
「あはは、ごめんごめん。ありがとね」
築音はばつが悪そうに頬をかく。どうやら彼女は一年生の築音の友達で、鞄を学校に置き忘れたそそっかしい築音のために、ここまで届けに来てくれたらしい。
「ていうか友ちゃん、わざわざ届けにきてくれたんだね。電話してくれたら取りに行ったのに」
「電話はしたけどさ……」
そう言って何やらスマートフォンを操作する。と、ほどなく築音の鞄の中からヴィーンという振動音が聞こえ、築音もすべてを悟った。
「ご、ごめんなさい」
「まったく。住所はクラス名簿に乗ってたから良かったけど……」
「何だ妹、鞄忘れてたのか」
そこに蓮太郎が、呆れ顔で口を出した。
「そうみたい。……ていうかアーニャも、一緒に帰ってたんだから気づいてよ!」
「そう言われても、急いでたからな……」
と、目を逸らした蓮太郎の視線が鞄を持ってきてくれた女生徒と合う。いきおい二人は軽く会釈をした。
「えっと、妹のお友達?」
「はい。仲良くなったのは高校に入ってからですけど」
「友ちゃんって言うんだよー」
妹の紹介を聞いて少し考え込んだ蓮太郎は、合点がいったように頷いて言った。
「……なるほど、友達だから友ちゃんか」
「え!? いえ、れっきとしたわたしの名前ですけど……」
「あ、あれ? ごめん、妹はよくそういう変わったアダ名をつけるもんで、つい」
「もうアーニャ、失礼なこと言わないでよ」
「そのアーニャ呼びのせいなんだけどな。……ごめんね、変なこと言って」
「いえ、気にしてませんよ。……改めまして、
友はほとんど表情も変えず、礼儀正しくぺこりと頭を下げた。つられて蓮太郎もお辞儀をする。
「俺は妹の兄の伊坂蓮太郎だ。よろしくね、友ちゃん」
「はい、よろしくお願いします、お兄さん」
「お兄……さん……?」
愛想も何もなく無表情で発せられたその言葉が、しかし蓮太郎の心に突き刺さった。
しばし硬直する兄の顔を、築音が覗き込む。
「どったの、アーニャ?」
「いや、まるで妹ができたようだと思ってな……」
「いや妹はいるよ!?」
自分を指差す築音を無視して、蓮太郎は思索の海に沈んでいく。思えば、築音もはるか昔には『お兄ちゃん』なんて言っていた時代があったはずである。それがいつの間にか可愛げのない『兄』呼びになり、あげくの果てにはアーニャ呼ばわりであった。
蓮太郎は慈愛に満ちた微笑みをたたえながら、小柄な友の頭にぽんと手を置いた。
「へっ?」
「友ちゃん、俺のことは実の兄だと思ってくれていいからね(なでりなでり)」
「はあ……」
とつぜん兄に頭をなでくりされた友は、ぽっと頬を赤らめ――たりはしていなかった。ただきょとんとした表情のまま
(つくねちゃんのお兄さんだけあって、変な人だなあ)
という感想を持ったまでである。どうやら築音の友人として、奇行には慣れているものらしい。そもそも築音が兄をアーニャ呼びしていることに疑問を差し挟まないあたり、上級者であることが窺えた。
「……なあ」
とそんな彼らの後ろから声をかけたのは、置いてけぼりにされていたウリユだった。
「そろそろ私にも説明をしてくれないか? その子の言っていることは、私には分からないんだが……」
「あっ、そか」
現在聖剣ハチドリは妹が身につけている。ので、友の言葉だけは未翻訳なのだ。
したがって、友にとってもウリユの言葉は理解できない。
「わっ、その人、外人さん? 築音ちゃんどうしたの、ホームステイか何か?」
「ああ、その人は異世界からやってきたウリユさん、イスカーナ王国の王女様だよ」
「!? 一瞬で情報量がすごいんだけど!?」
さすがに呆気にとられた表情になる友をよそに、築音はいいことを思いついた、とでも言うようにぽんと手をたたいた。
「そうだ、友ちゃんもおいでよ! 鞄を届けてくれたお礼に、あたしたちの秘密基地に案内したげる!」
「秘密基地? え、ちょっと築音ちゃん、控えめに言って意味が分からないんだけど」
「この後予定とかあるの?」
「……ヒマだけど」
「それじゃ決まりだね! しゅっぱーつ!」
と、築音はさっさと友の手をひいて、強引に歩き始めてしまった。
取り残された二人が顔を見合わせる。
「……なあ。この国の人間は、みんな君たちみたいなのか?」
「いやあ、あいつは特別ですよ。さ、俺たちも行きましょう」
ウリユが『君たち』と言ったことについては、気づいていない蓮太郎なのだった。
「というわけでね友ちゃん、この先にあるあたしたちの秘密基地が、異世界に繋がってるんだよ。話はわかった?」
「うん、ぜんぜん分からないけど。それはともかく、どんどん山に入っていってない? わたし、制服のままなんだけど……」
かくして巻き込まれた哀れな友ちゃん。もとより迷宮仕様な冒険者装備のウリユはもちろん、兄妹も動きやすいジーパン履きの私服なのに対し、友ちゃんだけは下校してきたままの制服姿である。
「だいじょうぶだいじょうぶ、あたしも普段は制服で登ってる道だから」
「……それで築音ちゃんの制服、よく枝とか葉っぱがくっついてるんだね」
文句を言いつつも友の足取りはしっかりとしていて、素足を引っかかれないよう下生えを踏み越えて進んでいく。表情を見ても、マイペースな築音に引っ張り回されることを嫌がってはいないようだった。
が、そんな友にしても、
「ええ、ここを降りるの……?」
秘密基地の奥、ロープの垂らされた祠を見ると、さすがに顔を引きつらせた。
築音はそんな友の様子を見てしばし思案顔だったが、やがてこう提案した。
「……あたしのジャージならあるけど、貸そうか?」
「いや、そういう問題じゃないんだけど……」
友が戸惑ったのは、スカート穿きのまま活動することに抵抗を覚えたためだと思ったらしい。
「でもまあジャージは借りるね」
「借りるんだ」
スカートの下にジャージを穿きはじめる友を気遣って、蓮太郎が言う。
「友ちゃん、ここまで連れて来といてなんだけど、もし嫌だったらここで待っててもいいよ。俺らの持ち込んだマンガとかもあるし」
「そうだな、ラ・スボスは倒したとはいえ、もしかするとまだ危険が残っているかもしれない。一般人を巻き込むのは……」
と、ウリユも心配そうだったが、友は存外平然としていた。
「いえ、面食らったのは確かですが、せっかくなのでついて行きますよ。このくらいで怯んでたら、築音ちゃんの友人なんてやってられませんから」
「妹、ふだん友ちゃんに何をやらせてるんだ?」
「? 別に、ふつうに遊んでるだけだけど」
こうして意外に肝が据わっているらしい友ちゃんを加え、四人は祠の中へと降りていくことにした。
迷宮内にはまず蓮太郎が降り、その後にウリユが続く。ウリユは事前に渡されていた懐中電灯を使って、周囲を興味深く眺めた。
「なるほど、扉の奥はこうなっていたのか」
「はい。あっちがウリユさんたちのいたラスボスの間で、こっちにいくと宝物庫がありますね。俺の腕輪と妹の聖剣もそこで見つけました。まずはどっちから見ますか?」
「そうか。宝物庫にも興味はあるが……まずは私の剣を回収したい」
「分かりました、じゃあ、あっちからですね」
そこに続いて築音、友の順番で降りてくる。築音の手を借りながら降り立った友は、目をまんまるにして驚いた。
「よいしょ……って、中すっごい広い! 築音ちゃんこれどうなってるの? 空間の繋がり方おかしくない!?」
昨日の兄妹と同じようなリアクションをとる友だったが、築音は冷たく首を振った。
「友ちゃん、そのへんに驚くくだりはもう昨日やったから……」
「昨日やったから何!? 今日は驚いちゃだめなの!?」
道すがら一通りの説明は築音から受けていた友だったが、話半分に聞いていたらしい。謎空間にひとしきり驚きつつ、友はようやくここがただの地下ではないという話を呑み込んでくれたようだった。
「じゃあ、そのウリユさん? ていう人とお二人が翻訳魔法だかで会話してるっていうのも、もしかして本当なんですか?」
「本当だって、ほら、試しに腕輪に触ってみて」
「はあ……」
差し出された腕輪に、友がおそるおそる触れる。
「どうだ、分かるようになったか?」
「わっ!?」
と、急にウリユに話しかけられて、友はそれが理解できることに驚いた。
「巻き込む形になって悪かったな。私はイスカーナ王国の第一王女、ウリユ・イスカーナだ。よろしく頼む」
「は、はい。芦澤友です、よろしくお願いします……」
友はウリユと会話しつつも腕輪から手を離したり触れたりして、触れているときだけウリユの言葉が日本語に聞こえることを確認していた。
「……かつがれてるわけじゃないですよね」
まだ信じられないという様子の友に、ウリユは肩をすくめる。
「そんなに器用なことはできないさ」
「あっ、ごめんなさい。疑ってるわけじゃなくて……ただ、たて続けに不思議なことが起こるから、急には納得できなくって」
「いや、いいさ。……むしろ君の方が自然な反応な気がするしね」
やはり、妙に対応力の高い兄妹の方がおかしいらしい、と確認できたウリユであった。
そんな二人の自己紹介も済んだところで、蓮太郎が友に微笑みかける。
「――というわけで友ちゃん、ウリユさんと会話ができるように、この兄と手をつないで行こうじゃないか!」
「はい。……って、何でですか」
「ちょっとアーニャ! 友ちゃんにちょっかいかけないでよ!」
がすっ、と築音のつま先が蓮太郎のアキレス腱に刺さる。蓮太郎は心外だという風に振り返った。
「ちょっかいとは何だ、俺は友ちゃんの実の兄なんだぞ」
「いえ、兄ではありませんけど……」
「ほら友ちゃん、友ちゃんはこっち!」
築音は蓮太郎を無視して友の手を取ると、それを腰の剣の柄にそえ、上から自分の手で握り込んだ。
「これで問題ないでしょ!」
「むむむ……」
そんなやり取りを辛抱強く見ていたウリユが、ため息をついた。
「なあ……そろそろ先に進みたいんだが」
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