第34話 読めない本

「おはよう、唯葉ちゃん。今日は遅かったね」

「……おはよう、綾香」


 あみだくじで当たってしまった教卓の前、一番前の席に座った私を待っていたのは綾香だった。朝練終わりなのに疲れが感じられない元気な声が教室に響く。


 駅で海にあの人のことがバレてから、海は私を心配して学校までついてきた。

 遅刻するよ、といっても聞かなかった海を、駅まで送ってきた帰りなのだ。


「今日はなにかあったの?」


 風邪でも引いた?と心配してくる綾香に、首を振る。


「違うよ、ちょっと事情が――」

「もしかして、あの人と⁉」

 

 クラスの皆に聞こえそうなくらい大声であの人とのことを話しそうになった綾香の口を手で強引に押さえる。


 モゴモゴと何か言っているけれど気にせず、私は左手の人差し指を口に当てた。


「急に何言いだすの、綾香!」


 綾香だけに聞こえるように小声でそう言った後、私は彼女の口を押さえていた手をそっと離す。


「ぷぁ! だって、はぁはぁ、唯葉ちゃん、あれからぜんぜん話してくれなかったんだもん!」


 そうだった。

 彼氏さんにも協力してもらったのに、あの人と話ができたことを綾香に伝えてなかった!


 何度か話そうとして、BL本の話ばかりしてきたのは綾香だったけど、すぐに話すべきだった。

 今回はお弁当を貰うのはなしにしよう。


「そのことはごめん。あの人とは話す事できたよ」

「いいよ、そんなこと。それより良かったね! 今日もその人と話してて遅くなったんでしょ?」

「いや、それは――」


 こういうとき、綾香にもあの人のことを話すべきなのかな。

 彼女さんがいたって。

 応援してくれたのに迷惑だって思われたらいやだな。

 それに――


「今日は海を送り届けてきただけだよ」


 応援してくれたんだもん、私一人で今度は解決していきたい。


「えーっ、絶対うそだ。その後のこと聞かせてよ」


 ねぇねぇと、綾香が体を揺すってくる。


「また今度ね。それより綾香、今日はいつもにまして元気だね」

「やっぱり分かっちゃう? そう、そうなんだよ。今日はイチ押しの作品の続編が発表されたんだよ」


 これ! と見せてきたスマートフォンを覗き込む。

 そこに写っていたのは、やっぱりイチャイチャしている男子が描かれた表紙だった。


「唯葉ちゃんにもあげるから、絶対感想聞かせてよね!」


 向日葵でも咲いているかのようなにこやかな笑みをみせられ、私は少し下を向いた。


 あ、この前もらった本読んでない!

 この前もその前の本も押入れに閉まったままだった。

 今回は読まないとダメだよね……。

 でもなぁ――


「やっぱり、何かあった?」

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