第20話 きっかけをつかむ方法

「なぁ恭一、頼むから女の子と話す方法を教えてくれないか?」


 夏休みが終わろうとしていたとある日。文化祭の劇の練習が終わり、何も言わず帰ろうとしていた恭一を、俺は呼び止めた。


「え、もしかしてあの子とまだ話せてない?」

「そうだけど」


 即答した俺に、恭一は「はぁー」っと、音で聞こえるくらいの重い溜息をついて、


「……悪い、答えられないわ」


 机の横に立て掛けていた鞄を持って、教室から出ていこうとする。

 だが、今回は逃がすわけにはいかない。


「ちょ?」


 ひっかかったな?

 慌てた様子で確認してくる恭一に、知らない振りをしてみせる。


 まぁ、気づかれていると思うけど。

 そう。今回は逃げ出されない対策として、鞄の取っ手を机に紐で結んでおいた。あと他にも、二つ対策を立てている。


 さて、問題はここから。

 紐を解かれるまでの交渉タイム。


「焼きそばパン」

「ふざけんな」

「メロンパン」

「菓子パンかよ」

「フランスパンとクロワッサンと――」

「ああもう、パン以外にしろ!」


 けっきょく、学食のAランチで妥協してもらった俺は、次の日に恭一と食堂に来ていた。


 この学校は、公立として珍しく学生食堂がある。高校を私物化しすぎて逮捕された、前校長が「食堂があったら学生が賑やかになる」という理由を押し通して新設されたらしい。


「それで、まだ彼女と話せてないから、会話のきっかけをつかむ方法を教えてほしいってわけかい」


 俺が夏祭り以降の事情を説明し終えると、恭一は本日のAランチメニュー、唐揚げ丼ぶりを食べながら相槌を打った。


「それにしても、その子と会ってから話せてないって」

「し、しょうがないだろ。初恋なんだから……」

「会っても全然、会話が出来ないなんて。祐介って初心だよな」

「ほっとけい」

「へぇー、じゃあ俺はこのまま帰ってもいいと?」

「お願いします、恭一様。明日もまたランチをごちそうしますから」

「ま、いいんだけどね」


 にやりと笑みを浮かべた恭一が、「明日の昼飯ゲット」と言ったことを俺は見逃していなかった。


 ちくしょう。完全にやられた。

 うまく乗せられてしまった。


「とりあえず、その子、えっと名前なんて言うんだ?」

「聞けてない」

「まじ?」

「聞けてない」

「……まじかよ。名前が分からないのは不便だな」

「そうだよな、名前でもわかってれば良かったんだけど」

「できなかったと。ま、ひとまず電車の彼女とでも呼ぶことにしよう」

「なにそのネーミングセンス」


 ダサすぎない?

 けれど、分かりやすくはなったのかな。


「まぁ、なんにせよ、その電車の彼女に告白する方法を探さないといけないわけだろう?」

「告白じゃなくて、会話!」

「はいはい。会話、ね」


 呆れたような表情で言う恭一。

 こんなやつに相談しない方が、よかったんじゃないかって思い始めてきた……。


「一応聞くけど、その子と会話した後、どうなりたいんだ?」

「え?」


 ――考えてなかった。

 さて、どうしよう。


 決して、恋人になりたくないわけではないけれど、彼女がほしいとは思っている。

 でも、それ以上に、今はまだ。


「今はまだ話せたらいいよ」

「へぇ、じゃあもう答えは決まっているだろ?」

「……まぁ、そうだけど」

「何でもいいから、緊張してでもいいからさ、一言だけでも彼女に話しかけてみろ」

「できるわけ、ないだろ! 一回話そうとしたけど失敗したし……」

「いや、そういうところだよ。なんも考えずに、バーッと行けば上手くいくって」

「他人事みたいだな」

「他人事だからな」

「……でも、そうか。そうだよな。やるよ、やってやるっ!」


 俺は、絶対に彼女と話してみせる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る