孤独を抜け出した先に光が

夢色ガラス

崖の上に広がっていた世界

「はぁ…」

ため息しか出ない、つまらないこの日常には飽き飽きした。母親の綿毛から生まれた私、タンポポはなぜか一人だけ地底に落ちてしまった。ここは深い崖の下。私は一人、見飽きたこの光景を眺める。他の兄弟は明るい太陽の下で幸せな世界を生きているのだろうに。暗いこの場所には動物だって花だって虫だっていない。淋しい。

「だれか、助けてくれない?」

声を張り上げて高い崖の上へと話しかける。霧みたいな煙みたいな靄がかかっているから、上を見ても何もない。

「誰かいるのかい?」

いつものように、枯れかけた声を気にして俯いていると。いつもは違う声が空から降ってきた。…前兆?空耳?…もしかして、ここは天国?私は死んでしまったの?

「お~い、誰かいるのかい?」

嘘じゃなかった!!!

「いる!崖の下にいる!」

地面に張り付いた根っこが邪魔。早く駆け出してここにいるよって叫びたい。大きな声で言ってから上を見る。スィーと気持ちがよさそうに何かが飛んでくる。

「おお!こんなところにタンポポさんが」

降りてきたのは…カラス君だった。カラス君はゴミを漁っているし、意地悪だから苦手だけど…、そうは言ってられない。

「こんにちは、カラス君。お願いがあるんだけど。私をここから出してくれない?」

「いいけど…、タンポポさんの水が無くなったら枯れてしまうよ」

良かった、このカラス君は意地悪じゃないみたい。

「ここで一人っきりで死ぬだなんて嫌だもの。お願い、枯れてもいいから!」

カラス君が困り顔で私の根っこを見た。

「分かった」

「ありがとう!…でも根っこが」

「それは僕に任せて」

カラス君はパチリとウインクして、上へと飛んで行った。…行かないで!一人にしないで。私は、このまま戻ってこなかったらどうしよう…と怯えた。一人は嫌だけど、自由になりたい。


十分後。

「ごめん、遅くなって。仲間を連れてきたよ」

カラス君は他のカラス、五人を連れてやってきた。その中には意地悪なカラスもいた。でも、意地悪カラスは何も言わずに私の横に座った。そして言った。

「兄ちゃん、準備はいい?」

どうやら、意地悪カラスはカラス君の弟だったらしい。六人とも文句ひとつ言わずに根っこを持ち上げた。

「ぐぬぬぬ…」

「んがぁ、んんんんっ!」

「そりゃぁぁっ!」

足と足の間に私の根っこを挟んで六人が同時にとんだ。

「ありがとう…!…うぅ!」

私も少しの痛みに歯を食いしばる。七人で精一杯力を入れた。


五分後。

「「「「「「「抜けたぁ!」」」」」」」

七人で同時にそう叫んだ。くすくすと笑いが漏れる。

「本当にありがとう」

カラス君はにこりと笑ってうなずいた。

「実はね、みんなでやろうって言いだしたの、こいつなんだ」

カラス君が意地悪カラスを指さした。えっ!?意地悪カラスが私のために…?

「…ありがと!」

「別にいいけど」

ちょっと照れてる。かわいい。私はカラス君の背中に乗せてもらった。これでやっと外の世界が見える!!!段々と煙が薄くなっていく。すると。

「うわぁぁぁっ!」

青くてきれいな空が私の目の前にあった。崖を上りきると、タンポポ兄弟たちが私を見つけてくれた。

「やっと会えた!!!」

兄弟たちが泣きながら私を見た。上を見上げる。宝石みたいに澄んだ青い空。ぽっかり浮いたハート型の雲。カラス君がおろしてくれた場所。地面だ。緑と茶が混ざったような色で、ところどころ仲良しだった友達がいた。

「カラス君たち、ありがとう!!!」

私は自分の体が茶色に変わってきていることに気付いた。あぁ、枯れてしまう。それでもとても楽しかったから、別に悲しくはない…とも言えないけど。

「早く遊ぼー!」

…どこからか女の子の声がした。元気な明るい声。見えてきたのは大人の男性と、ボールを持った五歳くらいの少女。タンポポ兄弟たちは身を潜めた。カラス君たちは私をチラリとみてから森の方へ飛び去って行った。私も目を瞑った。

ダッダッダッ

少女の走る音が徐々に近づいてくる。

「パ~パ!遅~い」

「ごめんごめん、千絵ちえは足が速いなぁ」

男性のゆっくりとした足音も聞こえてくる。少女の影が私を通り過ぎようとした。…千絵と呼ばれた少女は…私の前で立ち止まった。

「パパ、これ見て?」

千絵ちゃんは私を眺めた。男性も私に近づいた。

「…これ、タンポポっていうお花さんだよ。う~ん、でも枯れちゃってるねぇ」

「先っぽが茶色だね」

「可哀想だな」

千絵ちゃんは私を優しく持ち上げた。体が痛くなってきた。もうそろそろ私は死ぬ…。

「パパ!このお花さん、お家に飾ろうよ!ママが喜ぶよ!」

千絵ちゃんは笑顔で私を手にした。男性は嬉しそうにうなずいた。

「花瓶を買いに行かなきゃな!」

私はこの思いやりがある二人が私を飾ってくれるのだと分かった。

ありがとう。こんな私を拾ってくれて。あと少し、幸せな時間を過ごせる…。

私は笑って目を閉じた。

         <おしまい>
































































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