突入

 ボロボロの建物内を進み、院長室に辿り着いた。扉は閉まっており、ドアノブに手をかけるが鍵がかかっているのか、建付けが悪いのか開かなかった。

「…フンッ!」煙介が力いっぱい蹴ると破ることができた。さすがにもろくなっているようだ。

 院長室の中は二階の床が抜けていたため、辺りは物で散乱しており、棚も倒れていた。仕舞われていた書類やファイルなどもバラバラに落ちており、焼け焦げていた。手に取ってみるも、読めるような状態ではなかった。

「さて、入口はどこだ?」

 地下にあるというのだから床に出入口があるのでは?と煙介は予想するが、足の踏み場もほとんどないこの中で探すというのも骨が折れた。

「地下の入口も聞いておくんだったぜ…」

 数時間前の自分を呪いながらも煙介は部屋の奥に進む。奥には机があり、院長の席なのだろう。そこはあまり乱れてなく、床が見えていた。

「お?」

 机の下に何かを見つけた。正方形の戸のようなものだ。金具の取っ手部分が見える。散らばる窓ガラスの破片を払いのけ、床の戸を開けると、

「…どうやら当たりみたいだな」地下に続くと思われる梯子が伸びていた。かなり高さがあり、その先には光が見える。

「さて…と、行くか」

 煙介は梯子に足をかけ、足を踏み外さないように注意しながらゆっくりと下りて行った。


「なんだこりゃあ?」

 下りた先は広く長い通路だった。眩しいぐらいの電灯が道を照らしており、先ほどまで暗闇にいた煙介に容赦なく降り注ぐため、目を少しの間開けられなかった。

 後ろの方をみると、大型トラックが余裕で入れるほどの大きな扉があった。おそらくあそこが、車が出入りする所なんだろう。煙介がいるのは柵のある側道で、院長室からの進入はあまりしないのかもしれない。情報提供者が知らないだけで、他にも入る所はあるのだろう。

「向こう側には研究所があるはずだな。ご丁寧に案内表示もあるし、迷うことはなさそうだ」

 通路や壁には研究所までの道が書かれている。距離はおよそ200m。煙介は車道に降り立ち、目的地に向かって走り出したその時だった、

「!?」

 右足が何かに取られ動かなくなった。厳密に言えば、足自体は自由に動かせるのだが、靴がまるで地面に接着剤でくっつかれたかのように動かないのだ。

「なんだこれっ」思いっきり足を上げようとしてもビクともしない。

「やっほー」

 そんな煙介の背後から聞いたことのある声が聞こえた。振りむくと、聖を連れ去った女、糸針が立っていた。

「お前…」

「いやぁ、すごいねぇ。大マジのネドを倒しちゃうなんてさ」

「こいつはお前の能力か」

「私ね、右手の人差し指から針が出せて、左手の人差し指から糸がでるの。“裁縫指ソーイング・フィンガー”っていうの」

「今度は、お前が相手か」

「うーん…いや、やめとくよ。私の能力、戦闘向きじゃないし」

 言うや否や、糸針は左手を軽く振った。すると、煙介の靴に縫われていた糸が解け、自由になった。煙介はつま先をトトンと鳴らし足首を回す。特に怪我はなかった。

 煙介はゆっくり歩を進めるが、糸針から視線は外さない。煙草のケースに手をかけつつ、ゆっくりと糸針の横を通る。

「そんな警戒しなくても大丈夫だよ」

「俺が先に行ったらまずいんじゃないのか?」

「私に命じられたのは、あの聖って子を連れてくること。必要以上の労働はしない主義なの。派遣だしね私」

「……そうかよ」

 いかんせん調子を狂わせられる煙介だったが、本当に何もする気がないようなので、糸針に背を向け走り出そうとした。

「あ、ねぇ!」すると、糸針が呼び止めた。

「…なんだ?急いでんだけどな」

「なんでここまでするの?」

「…?」

「あの娘は別にあなたの血縁者でもないただの依頼人でしょ?」

「仕事だからな」

「君みたいな仕事のお金の相場知らないけど、そこそこするんじゃないの?払えると思う?施設育ちのあの娘に」

「……」

「割りに合わないじゃん。怪我してまでやることじゃないよ」

「…かもな。こんなんだから家賃払えずに追い出し寸前までになるんだろうな。万年金欠だし、安いインスタントコーヒーを啜って、ひもじい思いをしてるさ」

「ほらね」

「…ま、でも、ガキが泣いて頼みにきてんだ。助けてやんのが大人だろ」

 そう言って煙介は再び前を見据え、走り出した。絶望の淵に落とされている姉弟を救うために。


 徐々に遠くなっていく煙介の姿を糸針はしばらく眺めていた。静かな地下道に佇み、口にくわえた針を転がす。

「フンッ、カッコつけんなよ…」

 そう吐き捨てると糸針はくるりと踵を返し、出口へと歩いていった。

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