三度目
「なにしてんのアンタ?」
運転中の桐子は煙介の恰好が気になった。体を外側に捩じらせ、背中を向けており、右腕を車の外に出しているのだ。
「何が?」
「何が?じゃないわよ、なんでそんな変な恰好してんのよ」
「お前車汚したら怒るだろ」
「はぁ?」
桐子は意味が分からず、赤信号で停車した際に覗き見ると、煙介の右腕からは血が流れていた。ジャケットは食い破られかのように穴が開いており、そこから腕を伝って血がポタポタと地面に落ちていっている。
「アンタ怪我してんじゃない」
「上手いこと車に付かないようにやってんだから感謝しろ」
「先病院に行く?」
「いいから早くいってくれ。大した傷じゃない。それに聖が先だ。ほら信号変わるぞ」
「……分かった。分かったからその体勢やめなさい。普通にしてていいから」
桐子は煙介が楽な姿勢を取ったのを確認すると、車を再度発進させた。
ヴェッセルパークに近づいていくにつれ、車の通りは少なくなっていき、いつしか桐子の車のヘッドライトだけが、道を照らす。やがて車はヴェッセルパークの正門前で停止した。
「着いたよ」
「あぁ、助かった。帰ってていいぞ」
「…はぁ、聖も連れて帰るんでしょ?時間潰して待っててやるからさっさと行ってきな。終わったら電話して」
「…悪いな」
返事を聞いた桐子は車を走らせる。テールランプが夜道に消えたのを見送った所で煙介は正門をくぐった。
庭を抜けたその先、街灯にぼんやりと照らされたそこにはかつて孤児院だったモノがあった。焼け落ちた建物は闇夜よりも黒く煤ただれ、炎上の凄惨さを語る。崩れ落ちた様は燃え跡が山のように重なり、中に誰もいなくて良かったことを安堵させる。
「院長室はこっちだったか」
院長室にあたる場所は幸いにも崩れていなかった。周りの崩壊により、外からでもその場所が確認できた。煙介が近づこうとしたその時だった。
「!?」
いきなり、後ろから襟首を掴まれ煙介はすごい力で後方に吹っ飛ばされた。
「ガハッ!」
背中を打ち、転がる煙介にさらにナニかが飛び掛かってくる。煙介は素早く横に体を転がせ、躱す。直後先ほどまでいた場所に大きな拳が降りかかってきた。煙介は素早く立ち上がり構え、相手を見据える。そこにいたのは、
「なんだまたお前か。三回目だぜ」能力によって右腕を肥大化させたネドが立っていた。
「ここに来たということはもう研究所の居場所は知っているようだな」
「そういうことだ。さっさとどけ、二連敗野郎」
煙介の煽りにネドはギリリと歯ぎしりするも、くるりと背中を向け、崩れた瓦礫の山に向かう。その前に立ったと思ったら、
ネドはそのまま山にダイブした。
「は?」
意味が分からず、煙介はしばし呆気に取られていた。ネドの体はそのままズブズブと山に沈んでいく。気が触れたとも思えたその行動だったが、煙介は異変に気付いた。
「粘土に変えてやがる…」
ネドが倒れこんだ山はその材質を粘土に変え、ネドの体にまとわりついていく。しばらくして山から飛び出してきたのは、人一人が余裕で入りそうな大きな球体だった。
「なんだありゃあ…」
煙介が考えているのも束の間、その球体はゴロゴロと煙介に向かって転がってきた。スピードは遅く、煙介は不気味に思いながら、球体から離れる。球体はそのまま徐々にスピード上げて転がっていき、壁に当たり、跳ね返る。さらにスピードを上げ、ピンボールのように壁という壁にぶつかり始める。壁にぶつかるごとにそのスピードは上がっていく。跳ね返った直線上にいた煙介に向かってくる。
「うおおぉ!?」
慌てて、横に飛びなんとか逃れるが、球体は止まる気配がない。煙介は煙草を取り出した。
「“
こちらへ突進してくる球体の前に立ち、煙介は煙の壁を空に向けて斜めに形作った。煙の壁にぶち当たった球体は上空へ跳ね上がり、やがて重力に従い垂直に落下した。地面が揺れるほどの衝撃が走り、球体はその場で停止した。
しばしの沈黙の後、球体の中央に小さなヒビが入った。それはだんだん広がっていき、球体は縦に割れた。
出てきたのは体に鎧のような物を付けたネドだった。
「“
3mはあるだろうか元の巨体も相まって、粘土状にした瓦礫を鎧としたネドは見上げるほどに大きくなっていた。
「随分とでかくなったなぁ…まぁいいや、急いでんだ。来るならさっさと来い」
煙介が指で挑発したのを合図にネドは大きな拳を振り上げ、振り下ろす。煙介は短くなっていた“
「うわぁ、まじかよ…。“
その隙にネドの側面に回った煙介は左手に煙の拳を纏いそのままネドの腹部を思いっきり殴った。が…、
「固って!?」
建物の材質はコンクリートである。それを粘土状にして鎧を形作り、それをまたコンクリートに戻したということはかなりの強度を誇っている。煙越しで煙介は手から腕にかけて痺れてしまう。
「無駄だ。そんなものでこの鎧は破れん。ハアァ!!」
ネドは両手を組み、ハンマーのように煙介に向かって振り下ろしてくる。煙介は後方に下がるもそれを追いかけ、瓦礫の槌は何度も打ち下ろされる。孤児院の庭はネドによってできた穴でボコボコになっていた。
(動きは鈍いほうだ。距離を取ればすぐには詰めてこられない)
「離れるのはいいが、そこからお前は攻撃できるのか?」
ネドはずんずんと煙介に近寄り拳を振り回す。なんとか避ける煙介だったが、壁際まで追い詰められた。
「くたばれっ!!」
ネドの渾身の一撃が煙介を襲う。煙介はその隙を見計らい、体勢を低くした。そして、ネドの股の間をすり抜けて難を逃れる。先程まで煙介がいた場所は粉々に砕けていた。
「このやろう…もう出し惜しみしねぇぞ」煙介は庭の中央部まで撤退する。
「ちょこまかとぉ!!」なかなか仕留められない事に業を煮やしたのか、ネドは煙介に目掛けて、突進してきた。
「さっさと来い!」
煙介はそれを挑発するように踏ん反り返りながら待ち構えた。ネドが再び拳を振り上げようとしたしたその時だった。
「フゥゥゥゥーーーーーーーーーーー」
煙介は大きく息を吐いた。肺の中の空気が無くなってしまうほどに、吐き切った後に煙草を咥えライターで火を点け、
「スゥゥゥゥーーーーーーーーーーー」
思いっきり煙を喫い上げた。胸が大きく膨らむほどに、煙草がミリミリと一気にフィルター部分まで燃え尽きた。
「“
煙介が吐いた大量の煙はネドの周囲を囲った。
「な、なんだこれは?」
なにかの攻撃と思ったネドは防御の構えを取る。煙はやがて、ドーム状を形づくり、ネドを覆い囲った。その煙の量で外からはネドの姿が見えないほどだ。
「俺を閉じ込めたつもりか?こんなもの、すぐ壊してくれる!」
ネドは手当たり次第に煙のドームを殴るが簡単には壊せない。ネドはドームの天井部に両手を突き刺し、押し広げようとした。
「こんなもの…すぐに…ヌゥゥワァァ!!」ネドの強い力で、遂にドームを天井から破られてしまった。
「ハッハッ!残念だっ……なっ!?」
いつの間にか上空には煙介が飛び上がっていた。その左手に巨大な煙の拳があった。ネドの体をもゆうに超える巨大さ。煙介はネドをしっかり見据え、
「“
「く、くそ…」ネドは腕を交差させ防御の構えを取ろうとしたが、
「…っ!?」足元の穴によってバランスを崩してしまった。自分で開けた穴に足を取られてしまったのだ。
「オオオオォォォォォォォ!!」
煙介の
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「き、貴様…どうやって頭上に…」
「…
「ぐ…くそ…」
「…じゃあな、三連敗野郎」
煙介は足早にネドに背を向け、孤児院跡地に入っていく。煙介によって吐き出された大量の煙がゆらゆらと空に上がって消えていった。
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