明かされた場所
平日の夕暮れというのもあり、多くの人が街を行き来していた。学生や社会人が帰路につき、飲食店は店を開けはじめる。大部分は駅方面に向かっているようで、人の流れの向きは決まっている。煙介はその流れに逆らうように人の波をかき分けながら、目的地に向かう。時折、位置を確認しながら、足早に歩を進める。
現場の生物化学研究所、主に異形の進化を遂げた動植物の品種改良について研究している場所である。都市部の少し外れた所に位置しており、幸い、煙介の今いる場所からはそう遠い場所ではない。
煙介が到着すると、そこは一部が崩れた建物があった。当然のように立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。車の進入口でもある正門は爆発に巻き込まれなかったのか綺麗に残っており、奥に見える無残な建物と相まって歪に見えた。通りに面しているため、入るにはさすがに人目が気になる。そこで、煙介は裏手に回った。建物はぐるりとフェンスに囲まれており、正門の他には裏にある搬入口のような場所が唯一の出入り口のようだ。
なんとか建物としての体裁は保っているが、いつ崩れるかは予想できない。危険は承知だが、煙介はテープをくぐり抜け、建物内に入っていこうとしたその時だった。
「草刈ぃ」
突如自分を呼ぶ声がして、煙介は振り返った。そこには、さっき事務所に来ていた輪島が立っていた。
「…尾けてきたのか」
「立ち入り禁止の文字が読めなかったか?何しにここに来た」
「関係ねぇだろ」
「おいおい…状況が分からねぇか?今ここでお前を不法侵入でとっ捕まえることだってできるんだぜ」そう言いながら輪島は煙介の背後に近づき、強い力で肩に手を置く。
「大人しく、後ろに下がって家に帰れ。それでこの場は不問にしてやる」
「……どうやら、そういうわけにもいかないようだぜ」
「なに?」
煙介は輪島の方に振り向くことなく、一点を見つめていた。輪島はその方向に目を凝らした。そこには、一人の男が立っていた。建物の陰から出てきた男は大あくびをしながら、頭をボリボリと掻いた。
「おっそかったな~、来ないかと思ったよ。昼頃からずっといる俺の身にもなってほしいね」
若い、細身の男だった。辺りはすでに暗くなりはじめているので男の全容の一部は分からない。ただ、口ぶりから煙介の事を待っていたようだ。
「おい、ここは立ち入り禁止だ。速やかに出ていけ」
輪島は警察手帳を見せながら、男に近づく。それをいぶかしげに睨む男は煙介に向かって、
「なに?おっさん、警察に泣きついたの?ハハッ、情けねぇな」
「……聖はどこだ」
この男が倉石と関係しているのは間違いないと煙介は踏んだ。ここにいたのも煙介がここを調べると予想しての待ち伏せだったのだろう。
「教えねぇよ。ここでくたばるんだから」男はニヤニヤと笑う。
「おい、聞こえなかった?今すぐここから出ていくんだ」
苛立つ様子を見せる輪島が男に詰め寄ろうとした時だった。
「うるせぇ、ひっこんでろよ」
突如、男と輪島の間に何かの影が割り込んできた。影は輪島の腹部に突っ込み、そのまま吹っ飛ばした。
「ぐぁっ!?」
壁に激突した輪島は頭を打ったようで、その場に倒れこんでしまった。
煙介が男の方に再び向き直ると、傍に一人の子供がいた。その姿に煙介は驚いた。目は血走り、血管は浮き出ており、唸り声を上げていた。
(勇太…?いや、髪形の特徴や背格好が違う。なにより、女?)
少女の姿をしたソレは荒い息を立て、時折苦しそうな表情を見せる。昼間、聖が話してくれた勇太の状態と似ていた。
「は~い、自己紹介しま~す。俺、
神経を逆なでするような声色を上げて、芹沢は少女の頭を押さえつける。少女は若干の抵抗を見せるも、芹沢を襲うようなことはしなかった。
「おいおっさん、今からこいつが相手するから」
「なに?」
「狂暴だから気をつけろよ。おら、行けっ」
芹沢は少女の押し出すと、それを合図に少女はまっすぐ煙介に飛び掛かってきた。
「くそっ!」
煙介は両腕を顔の前に構えて防御するも、少女は煙介に激突して、そのまま押し倒した。強い力だ。こんな小さな子供のどこにこんな力があるのか。
「ガアアアアァァァァ!!!」
赤い目を見開き、牙を剥き、容赦ない力で煙介を押さえつける。煙介は何とか、少女の腹部に右足を入れ込み、巴投げの要領で後方へ投げ飛ばした。少女は背中からもろに地面に打ち付けられるも、すぐ立ち上がり、煙介を睨む。まるで獣だ。
「ほらほら、能力者なんだろ?ぶっ倒してみせろよっ!」下卑た笑いを上げながら、芹沢が煽る。
だが、煙介は煙草を取り出すことはしなかった。人間であった者がなんらかの事情でこんな姿にされてしまったという事実が頭をよぎり、攻撃をためらってしまう。
少女は四つん這いになり、煙介に狙いを定める。獲物を見るかのような目で睨み、再度煙介に飛び掛かった。煙介は右腕でガードするも、少女はお構いなしに、その腕に嚙みついてきた。
「グウウゥッ!!」
激痛に煙介は顔を歪ませる。少女の口からは煙介の血がこぼれ落ちていく。左手で口をこじ開けようとしたが、力が強い上、少女の全体重がかかっているので、容易ではなかった。たまらず、煙介は煙草を取り出し、火を点けた。
「“
素早く喫って、吐き出された少量の煙は炎に変わった。突然の事に驚いた少女は口を離し、煙介と距離を取った。熱いようで、顔をしきりに擦っていた。
「へぇーすげぇな、おっさん。煙草を使う能力だって聞いたけど。火も吹くとかやばっ」
「ハァッ、ハァッ、…おいクソガキ」
「あ?」
「この子はお前らのせいでこうなったんだよな?」
「まぁ、そうだね」
「こんな、小さい子供をこんな姿にしやがって、何考えてんだ」
「…おいおい熱くなるなよおっさん。これは社会の為に必要な実験なんだよ」
「実験だと?なんだそれは」
「ハハッ、教えてやらねぇよ。俺こう見えて口固いんだ」
「てめぇ…」
「おい、何やってんだ!さっさとこいつ殺せっ!」
芹沢の怒号で、少女は再び煙介に飛び掛かってくる。この少女を無傷で大人しくさせるためにはどうすればいいか、煙介が考えを巡らせている時だった。
「“
突如、少女の胴体を銀色の輪が囲み、少女の体に巻き付いた。腕の自由が利かなくなった、少女は地面に転がる。さらに少女の両足にも輪が出現し、足の自由も奪った。
「ガッ、アアアッ!」少女は悶えながら、輪を破ろうとするが、ビクともしない。
「な、なんだよ。何が起きてんだよ」想定外の事態にそこで初めて芹沢の余裕の表情が崩れた。
「無駄だ、…そいつは簡単には破れねぇ」
煙介が声のする方を見ると、左手で頭を押さえた輪島が手をかざしながら、歩いて来た。
「アンタ、無事だったのか」
「…あんなことで気絶してちゃあ能力対策課なんて務まらねえよ」
「えっ、なんだよっ…、お前、能力対策課だったのかよ!?」芹沢の声が動揺の声を上げる。
「警察手帳はちゃんと見せたはずだぞ?」
「く、くそっ…おいガキィ!いつまで転んでんだ!さっさとそんな輪っか外しちまえよ!」
少女はしきりに暴れるもやはり、輪は外れない。やがて諦めたのか、大人しくなった。
「アレはアンタの能力か?」
「あぁ、銀の輪を生みだすことができる。大きさも自由自在だ」輪島は手のひらから小さな輪を出して指先でくるくると回す。
「さて、と」
煙介は芹沢を睨む。その威光に芹沢は思わず後ずさりする。
「ヒ、ヒィッ…おわっ!?」
突然芹沢が後ろ向きに転んだ。足元を見ると、両足が輪で拘束されていた。
「逃がさんぞ」
「ま、待ってくれよっ」
先ほどの余裕の表情はどこへやら、両腕を使い必死に体を後ろに下げる。そんな芹沢の胸倉を煙介は掴み、ぐいっと顔先へ引き寄せた。
「聖と勇太はどこだ?」
「い、言えねぇ…」
「今、俺が不機嫌だって分かるだろ?後手後手に回らされてイラついてんだ。俺の能力は聞いてるよな?」煙介は
「こいつを顔面にめり込まされたくなけりゃ、さっさと教えろ」
「ハッ、ハッ…ヴェッ、ヴェッセルパークだっ」
「なんだと?」
「あ、あそこの地下に研究所がある。お前の探しているガキもそこにいる」
「研究所だと?それはここじゃないのか?」
「ここはあくまで補助的な役割だ。あのガキのせいで爆破したのは想定外だったが」
「輪島さん、孤児院はもう消火が終わってるのか?」
「あ、あぁついさっきだな」
「おい、その研究所にはどうやって入るんだ?」
「こ、孤児院の裏にある道に車が入れる所が、あとは院長室から…も、もういいだろ?これで…」
「……」煙介は芹沢の体を引き起こすや否や、
顔面を思いっきり殴った。
「ブヒェッ!!?」煙介の拳は深く突き刺さり、芹沢の体は吹っ飛び、本人は気絶した。
多少はスッとしたようで煙介は深く息をついた。そして、踵を返しヴェッセルパークに向かって走りだそうとした時だった。
「おい、待て草刈っ」輪島が煙介の肩を掴み、引き留めた。
「孤児院に向かうのか?」
「当たり前だろ」
「これから応援を呼ぶ。あの子も保護して、あの男からも詳しく説明を聞く。後はこっちに任せろ」
「聖がむこうの手に渡ってんだぞ」
「とにかくここにいろ。パトカーで送らせる」
輪島はポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をかけている。輪島が電話している隙に煙介はその場から駆け出した。
「あぁ、すぐこっちに…っておい!草刈!」
輪島が気づいた時には煙介はもう視界の端に消えていた。
煙介は電話をかけながら走る。相手は3コールほどで出た。
『なに?聖見つかったの?』
「桐子、車貸してくれ」
『あぁん?なんでアンタに私の愛車貸さなきゃなんないのよ』
電話の向こうの桐子の声色は不機嫌一色だ。
「聖の居場所が分かった。ヴェッセルパークだ。急がなきゃなんねぇ頼むっ」
『………ビルの前にいるから、さっさと来な』
そう言って桐子は電話を切った。煙介は荒い息を立てながらも急いでビルに向かった。
ビルの通りに差し掛かると、ビル前に一台の車が停まっており、ハザードランプが点灯していた。
桐子の愛車のスポーツカーが停まっていた。2シータで深いグリーンの車体のオープンカーだ。運転席には桐子が乗っていた。
「あれ、なんで」
「事故でもされたら困るんだよ。連れてってやるから、さっさと乗りな」
「…でも危ねぇかもしれねんだぞ?」
「いいからっ、ホラッ、はよ乗れ」
「ぐわっ」
桐子は煙介の襟首を掴み、強引に助手席引きずり込み、車を発車させる。ウォンウォンとエンジンを唸らせながら、二人を乗せた車はあっという間にその場から去っていった。
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