振り出し
「つまり、あの子を連れてかれて、おめおめ逃げてきたわけだ」
「うるせえ」
桐子は事務所に戻った煙介に嫌味を飛ばす。ソファに寝転ぶ煙介は額に手を当て唸りつつ不愛想に返す。
「もうニュースやっているよ。まだ鎮火はしてないんだと。通報したのアンタだろ?消防来る前に逃げたのかい?」
「色々と聞かれるのも面倒だったからな」
煙介は猿元に、通報したのは自分だと言うように頼んだ。聖が連れ去られた今、余計な事に時間を取られるのは避けたかったのだ。
「それで、どうすんの?」
「……孤児院は燃やされちまったし、聖がどこに連れていかれたのかも分かんねぇ…、つまり…」
「振り出しってことね」桐子は煙介の言葉を先回りした。
「……大体なんで事務所いるんだよ。家賃なら払えねぇぞ」
「はあぁぁっ!?タクシー代すら払えないアンタが電話よこして、わざわざ車で迎えにきてやったアタシに対して何その態度!?」ビシビシと、桐子は指で煙介の胸を強く突いた。
「大体アンタがモタモタしてるから、聖が連れてかれたんでしょ!しっかりしなさいよ!」
「うるせぇっ!燃えてる建物の中に人がいたんだからしょうがねぇだろ!」
「はん!なぁにが、“草刈相談所”よ。相談できるかっ、こんな仕事できないやつ!」
「こんの…」
煙介が桐子のくやしがりそうな言葉を考えている時だった。ドンドンドン!と、事務所の扉が強く何度も叩かれた。煙介と桐子の動きがピタリと止まる。
「お客様だったらいいわね。それとも借金の催促かしら?」
「ぐぬぬ…」
嫌味たっぷりの桐子の笑みを背に受けながら、煙介は玄関へ向かう。
「ああい!?」少々乱雑に扉を開けると、そこにいたのは、
「警察ですが、お時間よろしいですかな」
警察手帳を煙介の顔面に突き出すのは、40代ぐらいの男性と若い女性だった。制服は着ていない。
「…警察がなんの用で?」
「孤児院の火災についてご存じでしょう?」
「ニュースでやっているやつですね」
「あなた現場にいたそうですね?通報したのもあなただとか」
その言葉に煙介は顔をしかめた。猿元がばらしたのだろう。
「お話、聞かせてもらっても?」
有無を言わさない目に煙介は少し考えるそぶりをして、
「中で話しましょうか」嫌々、二人を事務所内に招いた。
「申し遅れました。私、警視庁能力対策課の
「
能力対策課といえば、主に能力者による事件を担当する部署だ。輪島と名乗る男は中肉中背で薄いベージュのコートを羽織っている。読野という女はパンツスーツを着こなしており。後ろ部分をゴムで束ね、前髪はピッチリとヘアピンで留めていた。
「草刈 煙介です」
面倒くさいという思いを隠しながら煙介は名乗る。ふと、輪島が桐子の方を向いた。
「アタシ班目 桐子。このビルのオーナー」視線に気づいた桐子が名乗った。
「ヴェッセルパークで起きた火災。あなたが通報した、間違いないですか?」
「………」
「現場にいた猿元 秀一は最初は自分が通報したと言っていましたが、どうにも様子がおかしかったので、スマホの着信履歴を確認したら、消防への発信履歴がありませんでしたので、問い詰めたらあなたの名前を」
気の弱そうな猿元のことだ、刑事に睨まれて隠しごとができなかったんだろう。煙介は輪島達がここに来た理由に納得した。
「あぁ、俺が通報した」
「なぜ現場から離れたのですか」
「通りかかっただけだから」
「猿元があんたの事を話している時点で通りがかっただけなんてことはない。すぐバレる嘘をつくな」輪島は先ほどまでの丁寧な態度を崩し、煙介に睨みをきかせた。
「仕事でな。あそこに用があったんだ」
「仕事?なんの仕事だ」
「そいつは話せねぇよ。守秘義務ってやつだ」
「研究所の爆発事故の少年に関することか?」
「…!」
核心をつく質問に煙介の眉間が一瞬歪む。それを輪島は見逃さなかった。
「昼間にあった騒動は付近の防犯カメラに記録されている。そこに映っているのは、件の少年とそれを連れ去った者、少女を襲う男とそれを助けたお前だ。そして、その後に起きた孤児院の火災。またしてもお前はいた。なぜだ?」
「……孤児院を燃やしたのは俺じゃねぇ。それだけは言える」
煙介と輪島の睨みあいは数秒続いた。ピンと張りつめた空気を最初に破ったのは輪島にため息だった。
「行くぞ。読野」
「え、はっ、はい」
おもむろに立ち上がり、玄関に向かう輪島に少し戸惑いながらも読野は後に続いた。
「…草刈、あの少年の事で動いているんだったら、余計なことはするな。一般人のお前が立ち入ることじゃない」
そう言い残すと、二人は事務所を後にした。
「いやぁ、連行とかされなくてよかったわね、煙介」
「……そうだな。いらねぇ時間とられる所だった」
「どうするの?このまま引き下がる?」
「…一度引き受けたからには最後までやるさ。それに、連れていかれた聖をそのままにはできない」
煙介は立ち上がり、脱いでいたジャケットを羽織る。煙草の入ったケースを手に取り、コップに入れた水を一杯飲んだ。
「当てはあるの?」玄関に向かう煙介の背中に桐子が問いかける。
「爆発事故が起きた研究所、そこに行ってみる。何か分かるかもしれない」
「…そ、気を付けなね」
「あぁ」
煙介は事務所を出る。階段の踊り場には夕日が差し込んでいた。もうじき日も暮れる。スマホで場所を確認しながら、煙介は足早に駆け出した。
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