炎上

 ネドの振り回すこん棒で煙介は容易に近づくことができなかった。一歩踏み出そうとすると、あの長い棒で牽制されてしまう。なんとか突破口を開こうとしていると、煙介の両手を覆っていた煙が消えてしまった。

「どうやらその煙も長い時間保っていられないようだな」

「……」

 煙介は咥えていた煙草を吸い煙を吐き出し、再び両手に纏わせた。そして、勢いよくネドに向かって踏み込んだ。

 ネドは煙介に向かって棒を振るうが、煙介は態勢を低くして躱す。そのままさらに踏み込み、ネドの懐まで詰め寄った。

「ここまで近けりゃそんな棒っ切れ怖くないぜっ!!」

 煙介はネドの顎にアッパーカットを食らわせた。ネドは吹っ飛び、手から離れたこん棒は地面に転がる。

「ハァ…ハァッ…さて、色々聞かせてもらうぜ」

 煙介が倒れているネドに近づこうとすると、背後からの熱を感じた。振り向くと、なんと孤児院が燃えていた。

「なんで、燃えてんだ…?」

 呆気にとられること数秒。聖が中にいることを思い出し、背筋に寒気が走る。

「聖ぃ!」

 返事はない。中で倒れているのかもしれない。煙介が孤児院の中へ入ろうとしたその時、

「く、草刈さん…」

 声が聞こえた。振り向くと、聖が立っており隣には派手なポンチョコートを着た見知らぬ女がいた。

「誰だ…お前」

「アタシ、糸針いとはり 玉枝たまえ 。…ってネド負けたの?へぇ~一回目はまぐれだと思っていたのにまた負けたんだ」

 口ぶりから味方ではないと煙介は判断する。見たところ聖が怪我をしている様子はなさそうだ。

「おい、そいつを離せよ」

「残念。できないのよ、連れて来いって命令だから」

「命令?誰からだ」

「それもいえないの。ほら、ネドっ、伸びてないで立ちなさいよ」

 糸針がネドを足蹴にすると、ネドは起き上がる。殴られた顎をさすりながらも平然と立った。

「帰るわよ。やることやったし」

「俺は負けてない…。まだ勝負はついてない」

「あぁ~はいはい。分かったからさっさと車出してよ。長居してらんないんだから」

 ネドは納得のいってない表情だったが、しぶしぶ煙介に背を向けた。その後ろを糸針が聖を引っ張りながら付いていく。

「っそのまま逃がすわけ…」

「あぁ、そうそう。もう一人中にいるわよ。ここの職員の人が」

「なっ!?」糸針からそう言われ、煙介は猿元の顔を思い出した。

「ここで私達に向かってきてもいいけど、そしたらあいつ黒焦げになるわよ?」

 そういうと、糸針は聖と共に車に乗り込む。

「草刈さんっ!」

 聖は声を上げるも、無理やり車に押し込まれる。

「クソッ」

 煙介は踵を返し、燃え盛る孤児院に向かったと同時に後ろから車のエンジン音が聞こえ、車は走り去ってしまった。


 勢いよく燃える建物を目を凝らして見るが、人影は見えない。

「おいっ!聞こえるか!」

 煙介が声を張り上げるも返事はない。煙介は外にあった水道の蛇口に駆け寄り、足元にあるバケツに水を張る。それを勢いよく被り、孤児院の中に突っ込んだ。

 燃え盛る炎に包まれる建物内は黒煙が充満していた。

「ゴホッ、ゴホッ!」

 煙を吸わないように体勢を低くする。高熱により遠くが歪んで見える。

(どこだ!?二階か?)

 階段までの道は比較的通りやすく、火の手がそこまで及んではいない。じりじりと何とか階段まで近づくと、

「た、助けてぇ…」

 か細い声がかすかに煙介の耳に届いた。見ると、階段の踊り場の方からぐったりと顔を覗かせる猿元がいた。

 煙介は急いで駆け寄り、猿元を抱える。なぜか下はパンツ一丁だった。

「なんでズボン履いてねぇんだよ!?」

「縫われてぇ…動けないからぁ…」

「はぁ?」

 いまいち理解を得られない煙介だったが、とりあえず自分のジャケットで猿元の下半身を包み、なんとか孤児院から出ることができた。


「おい、大丈夫か?」

「ゴホッ、ゴホッ、ヴェホッ!」

 かなり煙を吸っているようだ。携帯で警察と救急に連絡した。10分ほどでくるそうだ。

「おい、しんどいだろうけど聞かせてくれ。中で他に人はいるのか?」

「い、いないはずです。あの女が…もう子供たちも院長もいないって言っていたので」

「あの糸針ってやつか。あいつは何か言ってたか?なんで聖を連れていったんだ?」

「……ゆ、勇太君のところへ連れていくって、それと…この孤児院は僕が知らないようなナニかがあるって」

 そこまで聞いて、煙介は先ほどの場面を思い出す。あの時、聖は腕を拘束されているように見えた。だが、それほど激しく抵抗している様子ではなかった。「弟に合わせる」糸針はそんな風に聖をそそのしたのかもしれない。

「孤児院にナニかがっていっても…」

 孤児院はさっきよりも勢いを増して燃えている。消防が来て、鎮火したとしても手がかりが残っているかどうかは疑わしかった。

「いったいどこに連れてかれたんだ……」

 聖の安否を心配する煙介だが、目の前で手がかりが燃えていくのを歯がゆい思いでみていることしかできなかった。

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