動きだす者達

「いない…なんで?」 

 現在、施設内の二階を走り回る聖は次第に不安を募らせていった。院長はおろか、他の職員も子供たちでさえ見当たらないのだ。

 直後、大きな音が施設中に響き渡った。衝突音のような、何事かと周りを見渡していると、今度はガラスが割れる音がいくつも聞こえてくる。一階の方だ。ふと、窓の外を見ると、煙介が庭に飛び出すのが見えた、その後ろをゆっくりと追うのは、

「あいつ…確かネドっていう…」

 勇太を取り押さえたあいつがなぜここに?聖の疑問は膨らんでいくばかりだ、倉石のことを調べさせないために来たのだろうか。相対する煙介とネドをしばし見つめる聖は捜索を再開した。じっとしているわけにはいかない。なんとしても手がかりを見つけなければ、その一心で聖が走り出す。

「な、なんなんだよぉ…、どうなっているんだよぉ…」

 先ほどの音に驚いたのか猿元は怯えて縮こまっていた。気弱な性格の彼は子供たちにいいようにイタズラをされてばかりだった。

「猿元さんっ、しっかりしてくださいっ」

「……ひ、聖ちゃんはなんで平気なの?あんなわけの分からない奴が院内にいるんだよ?」

「今はとにかく勇太の手がかりになるものが必要なんですっ」

 聖はまっすぐな瞳で猿元を見つめる。猿元は自分よりも年下の女の子に圧倒されそうになるも体が動かせなかった。


「あぁ、いたいた」

 突然、自分の後ろの方から声がした。聖は驚いて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。モジャモジャ頭で、口には針のようなものを咥えていた。色々な生地を継ぎ接ぎに縫い合わせたようなカラフルなポンチョコートが目立つ。

「だ、誰?」

「あなたでしょ?なんか色々嗅ぎ回ろうとしてるの。もう一人の奴は…関係ないか」

 女は猿元に興味なさげな視線を投げかける。そして窓の方をチラリと見ると、小さくため息をつく。

「ネドのやつまだやってんの?…仕事遅いなぁ、もう」

「あなた、あいつの仲間?」

「そんなもんかな。院長探してるの?もういないよ、子供たちも誰もいない」

「え、な、なんで?僕…なにも知らされて…」聖の後ろで猿元が驚きの声を上げる。


「教えて、勇太はどこ?」

「弟のことになると、目の色が変わるね。いいよ連れてってあげる。そういう風に言われてるから」

「えっ」

 次の瞬間、女は腕を素早く振り上げる。すると、聖の制服の腕の両袖口がいきなりくっついた。

「え、なに!?」

 両手首がくっつくような形となり、聖が力任せに引っ張ってもビクともしない。なにか接着剤でも塗られたのかと思い見てみると、

「糸…?」

 袖口を交差するように白い糸が見えた。そこで聖は理解した。のだ、あの一瞬で。

「能力者…?」

「大人しくしててね。暴れるんだったら口と瞼も縫えるからね、私」

 背筋が凍るようなことをサラリという女は聖に近づこうとした。すると、

「ま、待てぇ!」

 裏返る声と共に猿元が聖と女の間に割って入った。聖を守るように両手を広げ、女の前に立ちはだかる。

「猿元…さん?」

「ひ、聖ちゃんに手を出すな…」

 弱弱しく、尻すぼみする声からは迫力を感じない。下を向きながらも、膝を震わせながらなんとか立っている状態だ。女はそんな猿元を見てフンと一息つくと、咥えていた針を取り、素早く腕を振った。

「う、うわぁ!?」

 次の瞬間、猿元のズボンの裾同士が縫われると、女に軽く押され、猿元は体をよろめかせその場に転んだ。

「あなたはここのこと何も知らないらしいし、変に首突っ込まないほうが身のためよ」

「こ、この孤児院のことを…?」

「そ。さぁ行くわよ」

 女は聖の腕を掴み、引っ張っていく。怯える猿元はそこから動けなかった。



 階段を下りていくと、先ほどの騒ぎの元であろう、穴の開いた壁や割れた窓ガラスが散乱していた。

「はぁ、ネドったらこんなにしちゃって…、もっとスマートにできないのかしら?まぁ、どっちみち変わんないからいいか」

 女はふぅとため息をつくと、階段下に置いてあった複数のポリタンクを開けていった。その瞬間、聖の鼻に嗅いだことのある匂いが届いた。

「灯油…?」

 聖の問には答えず、女は次々とタンクを倒していく。なみなみと入っていたであろう大量の灯油が院内の床に広がっていく。強烈な匂いで聖は口を押さえずにはいられなかった。

「あぁ…気分悪くなりそ。さ、行くよ」聖を院内の外まで引っ張りながら言う女の手にはライターが握られていた。これから何が起きるのか想像に難くない。

「やめてっ!猿元さんがまだ中にっ!!」

 聖の叫びも空しく、女はあっさりとライターを放った。灯油の道を走り抜けていくように一瞬にして燃え広がる炎。焼けるかと思うほどの熱が顔に届く。

「あ、あぁ……」

 自分が過ごしてきた孤児院が燃えていく。身寄りのない自分を引きっとってくれた孤児院が、勇太や子供たちと過ごしてきた故郷が。聖は体の力が抜け、立っていられなくなりその場に膝から崩れ落ちた。真っ赤に燃える炎は院内を焦がし、黒く染める。何かが崩れる音が響く。

 無残な姿に変わりつつある孤児院を聖はただ呆然と見ることしかできなかった。

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