調査開始

「じゃあ、その倉石ってのが弟を攫った奴ってことだな?」

「はい」

 聖が落ち着いてから煙介は彼女から色々と話を聞くことにした。今のところの手がかりはその倉石という男だけだ。

「孤児院の名前はなんていうんだ?」

「ヴェッセルパークっていいます」

 煙介はスマホを取り出し、孤児院の住所を調べる。場所としてはここから20kmほどの場所だった。近くまではバスで行けるようだ。

「とりあえず、色々調べてみるか」

 煙介は洗面所に行き、お湯で顔を洗う。シェービングクリームを顔に馴染ませ髭剃りで顔を剃る。ツルりとしたところで、歯を磨き、ヘアワックスで髪を整える。

「ぃよぉし。いくぞ」

 再びリビングに現れた煙介の恰好はそのままだったが、さっきまで乱れていた髪は短めのリーゼントで整えられていた。

「は、はい」

 聖は少し戸惑いながらも煙介の後をついていく。ビルを出て、煙介達はヴェッセルパークに向かうことにした。バス停につくと、ちょうど目的地に向かうバスがきたので、乗り込んだ。


 煙介達を乗せたバスは徐々に街から離れていった。それにつられ、始めはそこそこ乗っていた乗客も一人、また一人と降りていき車内には煙介達だけになっていた。

「あの、孤児院に行ってなにするんですか」

「引き取ったのが倉石っていうんだったら、そいつの住所やらなんやらが保管してあるはずだろう?お前がいるなら話も通しやすいしな」

「おぉ…頭いいですねっ」

 しばらくバスに揺られていると、まもなく目的地に到着とのアナウンスが車内に響き渡る。

「草刈さん、草刈さんてばっ」

「んあっ?」

 聖はいつの間にか隣でいびきをかいていた煙介を揺すり起こす。間抜けな声を上げる煙介は寝ぼけ眼を擦る。

「ついたぁ?」

「もう着きますから、しっかりしてくださいっ」

 大あくびをかます煙介に不安を覚えながら聖は近くの降車ボタンを押す。やがてバスは停車し、煙介達は降りた。

「孤児院はこっちですから、ほら行きますよ」

「ん~~っ、あいよ」

 大きく伸びをしながら聖の後をついていく煙介だった。二人の歩く道は都会の喧騒とは縁がないほど静かだった。煙介の事務所が元々街の端の方に位置していることもあるが、点々としている住宅やふと横を見れば畑などがある。

「お、そうだ聖。これ持っとけ」

 前を歩く聖に声をかけながら煙介は懐を探り、何かを取り出して聖に渡した。

「な、なんですか、これ?」

 煙介が手渡したのは一つのカプセルだった。蓋は半透明で、下は赤色のプラスチックで出来たガチャガチャでよく見るカプセルだった。

「いざって時に持っとけ」

「いざって時ってなんですか?」

「やばいかもしれない時だよ」

「は、はぁ」

 聖はカプセルの中を凝視すると、中は真っ白だった。何か道具が入っているようにも見えない。軽く振ってみると中がユラリと揺れた。

「煙、ですか?」

「あぁ。お守りみたいなもんだ」

 聖にはそれがなんのかは分からなかったがとりあえず持っておくことにした。おそらく煙介の能力が関係しているのだろう。


「あれです。あれがヴェッセルパークです」

 聖が指さす先には、ポツンと一軒の施設が建っていた。白を基調とした二階建ての建物だ。入口では鉄製の門扉が開いており、脇には「児童養護施設 ヴェッセルパーク」と看板が掛けてあった。

 広い庭にはいくつかの遊具が設置しており、花壇には色とりどりの花が植えられていた。

「誰もいないのか?」

「今はみんな中にいると思います」

 庭を横切ると、昇降口に誰かいた。箒を掃いて掃除しているようだった。

「あ、猿元さるもとさん」

「ひゃあっ!?」

 聖に呼びかけられた人物は突然のことで驚いたのか、体を縮こませ箒を落としてしまった。静かな昇降口に落とした箒の音がやけに響いた。

「な、なんだ聖ちゃんか…驚かせないでよ」

「ごめんなさい。そんなに驚くとは」

「ぼ、僕の気が小さいって聖ちゃん知ってるでしょう?た、頼むよ」

「草刈さん、こちらここの職員の猿元さんです」

 猿元という人物、前髪が目にかかりそうだ。身長は聖より少し高いくらいだろうか。薄黄色のエプロンを身に着け、猫背気味だ。


「猿元さん、この人は勇太を探すのを手伝ってくれる草刈さん」

「ど、どうも、猿元 秀一しゅういちです」

 猿元は腰が引けていながらも煙介に頭を下げる。煙介もつられて会釈した。

「猿元さん、院長はどこにいますか?」

「あぁ、院長室にいると思うけど…。勇太君見つからないの?さっきもニュースやってたけど」

「見つかったんですけど、倉石に連れていかれたんです」

「え、えぇ!?倉石さんって勇太君を引き取った人じゃない?」

「また話しますから、草刈さん行きましょう」

「ん?あぁ…」

 聖は煙介を連れ、昇降口を抜けていった。


 院長室は一階にあり、昇降口のすぐ近くにある。院長室とプレートが掛けられている扉を聖はノックしたが、応答はない。聞こえなかったのかと思い今度は少し強めにノックをするが、やはり応答がない。扉に手をかけるも鍵がかかっており開けられなかった。

「子供たちと一緒なのかな…」

「…なぁ、ここには子供と大人含めて何人いるんだ?」

「え?えっと、今は8人です」

「…へぇ」

「それがどうしたんですか?」

「小さい子供もいるんだろ?それにしちゃあ、やけに静かだな」

「あっ」

 聖は辺りを見回すと違和感に気づく、人の気配がまるでないのだ。子供たちの中には元気に走り回る子だっている。だというのに、足音も話し声も聞こえてこない。

「どうしたの聖ちゃん?院長いなかったの?」昇降口の方から猿元がやってきた。

「あの、今子供たちはなにしてるんですか?」

「いやぁ、僕今日は院長に色々雑用を押し付けられててよく知らないんだよね」

 猿元はやれやれといった感じで腰をさする。


「倉石の個人情報が知りたいんだが、名簿はどこに保管してあるんだ?」

「こ、こちらです」

 案内されたのは院長室の隣にある部屋だった。職員が利用する場所らしく、電話やパソコンが目についた。

 猿元は棚にならんであるファイルを指をなぞりながら、目当ての物をさがす。だが、

「あれぇ、ないな。ひょっとして院長が持っているのかも」

「どうしよう。急いでいるのに…」不安そうな顔をする聖はいてもたってもいられないのか勢いよく立ち上がり、

「探してきますっ!」といって煙介が声をかける間もなく、バッと飛び出してしまった。

「ぼ、僕も一緒に探すよ」と猿元も聖の後を追うように駆け出していった。


 一人取り残された煙介は手持ち無沙汰にしていたが、ずっとここにいるのも暇だった。

「俺も探すかな…」

 院長の顔も名前も知らないが、子供か誰かに会った時に聞けばいいだろうと思い、廊下の方を向いたときだった。

「うおっ!?」

 煙介に顔面目掛けて何かが猛スピードで飛んできた!反射的に伏せたので間一髪躱せたが、飛んできたものはそのまま後ろの部屋の扉に突っ込んだ。扉は大きな音を立て、ひしゃげてしまった。壊れっぷりにぞくりとしながらも、煙介は飛んできた方向を見ると、そこにはネドが立っていた。隣にある柱はスプーンで掬ったように削れていた。飛んできたのは、あの柱の一部を丸めたものだろう。


「お前、昼間の…」

「…俺はネド。貴様、この孤児院でなにをしている」

「倉石のことを調べにきたんだよ」

「今すぐここを出ていけ、その扉のようになりたくなければな」

「お前、昼間俺に負けたくせに随分強気だな」

「警告はしたぞ」

 ネドは両手を床につく、ズブズブと沈んでいき手首まで達すると、

「“散弾”!」両手を一気に振り上げ、リノリウム製の無数の弾丸が襲い掛かってきた。

 煙介は直線上から横に飛び、それを躱す。リノリウム弾は孤児院の壁や天井に穴を開け、供えてあった花瓶や窓を割り、辺りをめちゃくちゃにした。

「この、危ねーだろ!」煙介は割れた窓から外に飛び出した。ネドもそれを追う。


 ネドは床を粘土状にしてから両手でかき集め、大きな球体に変化させた。それを棒状に丸めだし、こん棒のような物をつくりあげた。

「もう油断はせん。ここで貴様を倒す」ネドは2mはあるであろうこん棒をブンと振り回し、庭へと出てきた。

「“拳骨の煙草ナックル・シガレット”」

 庭の中央まで一気に走った煙介は煙草を取り出し、火を点け喫い上げる。吐き出された煙は両手を纏う。

「ここであれこれ調べるよりお前から聞いた方が早いな。かかってこい」煙介は煙の拳を構えた。

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