第8話「氷中都市シェード・ブルーム」

 ひとまず自己紹介と状況整理を終え、一行は休憩と物資補給のため中継地点となる街、シェードに向かった。


 数時間して窓の外に巨大な氷塊が見えてくる。

 遠方からでもはっきりと形が捉えられるほど大きく、ひし型の水色の巨塊は地面から少し浮いていた。


 マルテは見たこともない大きさの氷塊に驚愕して目を見開く。


「な、なんですかアレ」

「あれがこれから行く街、シェードだ」

「街!?」


 マルテがよく目を凝らして見てみると半透明の巨氷の中に、街があるのが見えた。そこが次の目的地である。


 氷中都市シェード・ブルーム。

 五大安全地区の一つであり、ヴェンデルたちの住む街マガノ・マテリアと並ぶ平和な街とされている。


 広大な街を覆いつくす巨氷には特殊な魔術が張り巡らされており、人間や害意のある者の侵入を防ぐ効果が付与されていた。


 壊掃電車は氷の前まで来て、そのまま前進し巨氷をすり抜ける。

 マルテは氷に貫通する様を窓から眺めて驚愕していた。

 氷を抜けて街の中へと入り、大きな駅まできて停車する。


 電車の扉が開いて会員たちが続々と降車し、ヴェンデルたちもマルテを連れて電車から降りる。

 駅構内は長い壊掃電車が入ってもスペースが有り余っており、広い地を大勢の人が行きかっていた。


 建物の色は白色で統一され、ところどころに氷をモチーフにした装飾があしらわれている。

 壁面にはステンドグラスがつけられて光を中に注いでいた。


 マルテが上を見れば遥か高くまで鉄の柱が伸びていて、アーチを描く天井にも氷のデザインが施されている。

 まるで聖堂のような光景に、彼女は魅了されて夢中で辺りを見回していた。


「マルテ、行くぞ」

「! あ、はいっ」


 ヴェンデルに声をかけられて我に返り、慌てて彼らのもとに走る。

 ヴェンデルたちが駅の改札を出ると、時計台の下で一人の女性が待っていた。


 二十代後半ほど、長い水色の髪を後ろで一つに結い、赤い虹彩にヴェンデルたちを捉えて彼の方へ歩いてくる。


「予定通りの到着ですね。皆さん相変わらず優秀なようで」

「時間通りに終わらせなきゃ、こんな長時間労働は先に身体が壊れるからな」

「まあ、それもそうですね」


 女性はヴェンデルのそばにいるマルテへ視線を向け、少し眉を寄せる。


「それが例の……」

「ああ、マルテ・スレイズだ」

「自分の名を入れたのですね。珍しい」


 事前に伝達していたのか、女性はマルテのことを知っているようで渋い表情をしていた。


 ヴェンデルが彼女にファミリーネームを与えていることを知り少し驚く。

 そしてマルテの方へ視線を戻した。


「初めまして。この氷中都市シェードを管理している神器のセシルです。よろしくお願いしますね」

「神器? あ……マルテです。こちらこそよろしくお願いします」


 セシルが手を差し出し握手を求め、マルテは少し緊張した様子で手を握った。

 彼女が神器という言葉に疑問を持ったのを察してセシルは説明を加えた。


「ああ、別の世界から来たから何のことか分からないですよね。神器というのは、この世界の神、アリシア様が御神の力を分け与えて作った生命体のことです」


 創造神アリシアは生成した生命体の中で、たった六人にだけ神の力を分け与えていた。

 それらの六人は古代六神器と呼ばれ、強大な力のもと神の遣いに等しい存在として五大安全地区の管理を担っている。


 その一人がセシルである。

 そんな仰々しい存在を前にマルテは少し体をこわばらせた。


「神の力を分け与えられた生命体……す、すみません。そんな人に馴れ馴れしく手をっ」

「そんなに気にしないでください。神器とはいっても、そこまで大それたものでもないですから。ひとまず一度、協会支部まで行きましょう。話はそこでゆっくり聞かせてもらいます」


 セシルはヴェンデルへ向き直り、彼ら一両目の三人とマルテを連れて街を歩いた。


 マルテは街を歩きながら、興味津々で周囲を見回す。


 はるか上を巨氷が覆う空には、小型の飛行艇が数隻ほど泳いでいる。

 広場では噴水が水を散らし、子供たちが水浴びをしていた。

 そんな平和な光景を目にしてマルテの中で、ふと疑問が浮かぶ。


「全然、寒くない」


 巨大な氷の中だというのに全く寒くなく、快適な温度が体を囲っていた。


 水は凍らず、街中でどれだけ火を使っても巨氷が溶けることはない。

 マルテの疑問を聞いてセシルは「ああ」と声をもらした。


「ここに初めて来る人は大抵そういう感想になりますね。この街を覆う氷には大量の魔術が張ってあるんです。その魔術で氷中都市の気温調整をしつつ、外壁の氷が溶けないよう魔術で補正しているんですよ」


 氷をよく見れば、細かい文字のようなものが動いていた。


 「魔導帯」と呼ばれるそれは、魔法陣を帯状化したものであり術の構成を示している。

 その魔導帯がいくつも展開され、巨氷の全面を覆いつくしていた。


 温度調整以外にも、中の街の安全が確保されるよう様々な魔術が刻まれているのである。


「本当に、これだけの魔導帯をこんな巨大な氷に巻き付けて常時維持できるのはお前くらいだな」

「……本来のあなたなら、簡単にできるでしょうに」


 ヴェンデルの言葉にセシルは少し呆れて返した。少しして大きな建物の前で足を止める。


 灰色の巨大な柱に支えられたそれは、ヴェンデルたちの雇い主であるマギノス統治会のシェード支部だった。


 セシルは彼らを連れて中に入り会議室の一つに招く。

 円卓に座り、ヴェンデルからマルテのことについて詳細を聞き出した。


「なるほど……それで、崇高な神が創った『言語を介する特殊な人間』を勝手にいじって眷属化して、支配下に置いて連れ回しているわけですか」

「人聞きの悪いことを言うな」

「軽率な判断だと思っただけのことですよ。確かに捕獲したいなら、眷属化させて人間から種族変化させれば周りも多少は受け入れてくれます。でも魔族に変化させたとしても、元人間と分かれば恨む者も出てくるでしょう。みなの敵である人間だったものを連れていれば、あなたを悪く言う人も出てきますよ」

「悪評なら前々から大量に出てるだろ。俺を嫌う者も多いしな」


(……その倍以上の人は、あなたに敬意を抱いていますけどね)


 セシルは彼の言葉に呆れて小さくため息をつく。

 しかし言葉には出さずに、マルテへと視線を向けた。


「とりあえず今の時点で、私は彼女を受け入れます。必要に応じてサポートしますよ」

「……意外だな。反対すると思ったんだが」

「いったんは受け入れるというだけですよ。あなたの眷属である限り、あなたの意思に反するような行動は取れないでしょうから。ただし危険と判断したら」


 セシルが手を前へ出すと銀色の鎌が出現した。

 彼女は手の中で鎌を回し、鋭利な刃をマルテへと向ける。


「そのときは、私が即座に始末します」


 セシルの真紅の目は冷たく殺意を帯びていた。


 その殺気にマルテは目を見開く。

 怯える様子はないが、本能的に体が硬直してしまっていた。


 仮にマルテを始末しようとしたときヴェンデルが彼女を守るようなら、おそらくセシルはヴェンデルにもその刃を向けてくるだろう。

 それは彼も最初から分かっていたことだった。


「分かってる。その時は、お前の思うままに動いてくれればいい」


 ヴェンデルが反対せず受け入れ、セシルは彼の目を見て武器をおろした。

 手を離せば、鎌はどこかに消え去っていく。


「今回の任務が終わったら、マグスに彼女のことを話してください。そこで固まった方針に従います」

「分かった……悪いが、アテネが狂乱したら止めてくれ」

「それは保証できませんね」


 セシルは頼まれても淡々と返し、ヴェンデルは小さくため息をついた。

 それから少し仕事の話をし、物資の補給を終えて電車に戻った。


 マルテは車内のソファーに座り、セシルとの話を思い出してヴェンデルへ視線を向ける。


「あの、アテネの狂乱って何ですか……?」

「ん? ああ……五大安全地区の一つに聖剣の塔アテネっていうところがあってな。そこを管理している奴の名前がアテネっていうんだが……」

「ヴェンデルはそのアテネに嫌われてるんだよねー。いわゆる犬猿の仲ってやつ」


 悩ましげに頭を押さえるヴェンデルに変わってレドッグが教えてやった。


 聖剣の塔アテネ、五大安全地区の中でも住民が少ない街の一つである。

 その管理者である女性アテネ・ロンドは、ある理由からヴェンデルを心底嫌い、姿が見えただけで剣を飛ばして攻撃し殺そうとしてくるほどであった。


「あの人かなりの人間嫌いだから、人間を眷属化させたなんて知ったら激怒するんじゃないの? どうするの魔王様」

「どうしたもんかな……」


 ファンファニフに尋ねられても答えが返せず、ヴェンデルは大きくため息をつく。

 臭い物に蓋をするように、彼は面倒事を後回しにして先に残りの勇者を倒すための作戦会議に移った。


 残りの勇者は二体、どちらも三時間離れた距離にいる。

 次の勇者のもとに着くのは二十九時、最後の勇者は明日の七時になる。

 それを聞いてマルテは驚いていた。


「え? 数日間で回わったりとかじゃないんですか?」

「残念ながら、俺たちは一旦帰るってことができないんだよね。」


 マルテは勇者討伐を一日で終わらせるものではないと思っていたようだが、レドッグが否定した。


 ヴェンデルたち指定会員は全ての勇者を倒し終えるまで帰国することができないのである。


 壊掃電車には各車両床に転移の魔法陣が描かれており、五大安全地区の駅と車内をつないでいる。

 

 緊急時の帰還装置と、会員が死亡時に各地からすぐ車内に戻ってくるための転送装置、通常会員が定時を迎えて帰宅するときの転移装置というのが主な役割だった。


 通常会員はその魔法陣を使って定時退社できるが、ヴェンデルたちは定時退社が許されていないのである。

 マルテは思わず苦笑いした。


「どんなブラック企業ですか……でも途中で睡眠を取ると変えるのは明日の昼くらいになりますよね」

「いや? 寝ないよ?」


 レドッグが平然と返せば、マルテは「え」と少し濁りの入った声をこぼした。

 ヴェンデルに視線を向けるが、彼は否定せずにいて。


「寝ていたらさらに帰るのが遅くなるからな。上からも寝てる暇あるなら早く終わらせろと言われているし」

「ドブラックじゃないですか!!」

「まあ、そういうわけだから。君もヴェンデルの眷属になったからには、勇者討伐手伝ってもらうからね。これで君も俺ら社畜の仲間入りだ。今夜は寝かせないよ」

「この仕事やってて一番言われたくないセリフだわ」


 レドッグが魔法でエナジードリンクを出してマルテに手渡し、ファンファニフが大きくため息をついて窓の方へ愚痴を吐き捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 18:00 予定は変更される可能性があります

玉座は電車の屋根の上 雛風 @hinaak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ