第5話「頭のおかしな女性」
ヴェンデルは先ほどまでの緊張と警戒を解き、少し柔らかい表情を浮かべる。
「にしても、ガンパレード・オルタナティブ2をやってる奴がまだいるとはな」
「そりゃあ、GPシリーズは世界中で人気ですからね」
「ははっ、確かにそれはそうだな」
『だってあれは』と二人の声が揃うが、
「VRMMO作品でも9までナンバリングが出てる人気のゲームだからな」
「ソウルディソープション技術の魅力を最大限発揮させて見せた作品ですからね」
それぞれ全く別のことを口にして、二人の間に静かな空気が流れる。
「は……? ソウル、何だって?」
「ゔぃあーる、えぬえぬおー?」
「NじゃないM。VRMMOだ」
女性が発した言葉をヴェンデルが訂正する。
彼女は訂正された文言がよくわからず、「何ですかそれ」と尋ねた。
「ヴァーチャル・リアリティ・マッシヴリー・マルチプレイヤ―・オンラインゲームの略称だ」
「なが」と女性はつい言葉をもらしてしまう。
略称前の名前だけを言っても伝わらなさそうだったのでヴェンデルは続けて説明した。
「まあ簡単に言えば、デバイスで仮想空間に入って五感を使って遊ぶ没入型ゲームだな」
「ああ。ならソウルディソープションと似てますね」
「お前のそれは何なんだよ」
「ソウルは魂、ディゾープションは脱着……つまり、魂を肉体と分離させる技術のことです」
「た、魂の脱着?」
「技術自体は二〇〇三年くらいに発明されて色々な事業に利用されていたんですが、十年後にゲームに活用されるようになったんですよ。自分の肉体から魂を脱いでゲームの中に流し込む。自分の意識と魂がゲーム世界のキャラクターに入りこむんです。より現実味のある体験型ゲームができるんですよ」
「なんか、ずいぶん未来的だな」
(二〇〇三年にそんな技術あったとは思えないが……)
魂の脱着と聞いて、壊掃電車に乗る前の改札を抜ける時のことを思い出す。
あれも魂と肉体の剥離なので同じようなものである。
ヴェンデルはかつて「日本」という国で過ごしていたようだが、彼のいた場所では魂の脱着などという技術は理論上、存在しえなかった。
自分と彼女の時間的な感覚が違うと感じたヴェンデルは一つの仮説に辿りつく。
「お前、もしかして俺のいた時代と違う人間なんじゃないか? 未来人的な」
「ええ……何ですかそのSF展開は。仮にお兄さんが過去の人間で私が未来の人間だったら、お兄さんの言うそのVRMMOとやらもあったはずですが……私は知りませんし」
「まあ、物事は時代の流れともに忘れられていくものだしな。レトロゲームになっていたなら忘れ去られてもおかしくない。ただ……未来なら余計に、お前がGP2をやってるのが不思議だ。昔の作品が好きなのか?」
「? 昔ってなに言ってるんですか。GP2は最新作ですよ?」
女性は怪訝そうに首をかしげる。
しかし2が最新作と言われてヴェンデルは苦笑いした。
「いや、俺の時代でも最新は9だったんだから未来ならもっといってるだろ。2は俺の時代で十五年前の作品だぞ」
「でもGPシリーズってそんなに出てないと思いますが……もしかして私が知らないだけでかなりシリーズの続編出てたんですかね」
「たぶんそうだと思うが。俺7とか8とか、次の日仕事あるのに二十六時間以上やってから寝るほどやり込んでたし」
「二十六時間!? え、一日徹夜してやってたんですか? あれ? でも寝てるって言ったしどういう……」
「徹夜? なに言ってるんだ。二十六時間なんて徹夜しなくてもできるだろ。一日分以下の時間だし」
「え? ど、どういうことですかそれ」
「どういうって……一日は三十時間なんだから朝七時に起きてずっとゲームして次の日の三時から数時間だけ寝て仕事行ってたんだよ」
「なに言ってるんですか、一日は二十四時間でしょう」
彼の言っていることが理解できず女性は困惑した様子でいた。
その反応と返しを聞いてヴェンデルは顎に手を当て何か考え、「あー……」と少し悩ましげな声をこぼす。
(これは……時代だけじゃなくて住んでいた世界も違う可能性が出てきたな)
脳内で、ある少女を思い浮かべてため息をついた。
女性は悩ましげなヴェンデルを怪訝そうに見る。
「でも、凄いですねそのアバターのコスチューム。性能も値段も高そう」
ヴェンデルの尖った耳はリアリティがあり、服装も細部まで拘りのあるデザインをしている。
ていうか、と女性は視線を自身に下げた。
少し体や服に血がついているが、その赤はあまりにも本物に近い。
「何かこのゲーム、血が鮮明ですね。それに匂いも……規制が厳しくて、ここまで再現できるゲームはそうそうないですよ。生々しくてレーティングZになりそうなレベルだし」
「……それ本物だぞ」
「へ?」
「ここはゲームの中じゃない。現実の世界だ。お前の顔についた血も、この匂いも……全部本物だ」
女性は驚いて目を見開く。
しかしあまり取り乱した様子はなく、困惑した様子もなく、顎に手を当てて冷静に何かを考えていた。
「ゲームじゃ、ない……なるほど。じゃあ、あのあと私は死んで輪廻転生したんですね」
ヴェンデルは輪廻転生という言葉が出てきて少し驚く。
だがそれよりも、あまりにすんなり受け入れている相手に拍子抜けしてしまっていた。
「あの後って、なんか心当たりあるのか? 事故とか……いや、でもさっきまでゲームしてる風じゃなかったか?」
「はい。そこで死んだんです」
「? どういうことだよ」
「私はゲームの中で、死んだんですよ。ソウルディソープションゲームは、キャラクターが死ねばそこに入っていた魂も意識ごと消滅するんです」
「いや……どんなデスゲームだよ。そんな危ないもんの存在しないだろ」
「特定のゲームというよりかはシステム、ソウルディソープションを使った技術の特徴なんですよ」
女性はその技術について端的に説明した。
ソウルディソープションは身体から魂を取り外すものだが、魂の安全が保障されているものではない。
そんな技術をゲームで利用すれば、ゲーム内で死ねばそのまま魂が死滅することと同等なわけである。
「それもはや違法ゲームだろ」
「いえ、違法ではないんですよ。ゲームじゃなくて現実世界でも、肉体から外した魂が害されて消滅するようなことがあればその人は死にます。けどその最大の欠点が世界周知されて、それでも受け入れられて合法として活用されているんです」
「どんな倫理観してんだお前んとこ……っていうか魂が消滅したら意識ごと死ぬのに、わざわざゲームで危険を冒すのか?」
「人はフィクションにリアリティを求めますからね」
彼女のいた世界においては、ゲームへのリアリティの追及は、痛みや五感だけでは収まらなかった。
死さえも表現に拘ったのである。
「プレイヤーは痛みのリスクから来るドキドキやハラハラじゃ足りずに、死のリスク求めたんです。言うなればギャンブルの高揚感と一緒ですよ」
「まさかお前もそれっていうんじゃ……」
なんだか嫌な予感がしてヴェンデルは顔を引きつらせた。
そんな彼とは正反対に、女性は口角を引き上げる。
「当たり前じゃないですか! 斬られれば痛い、攻撃を受ける場所が悪ければ死んでしまう……でもだからこそ、勝った時に生を感じられる! それが気持ちいい! ソウルディソープションゲームはそういう、頭のおかしな人しかプレイしないんですよっ」
女性は手を広げて恍惚とした笑みを浮かべていた。
頭のおかしな人しか遊ばないものを遊んでいる彼女も、例にももれず頭がおかしいのだろう。
ヴェンデルは白い目で彼女を見おろした。
「引きました?」
「当たり前だろ……」
「でも頭のおかしな人しかプレイしないって言いましたけど、私の世界では結構はやってたんですよ」
死後は魂が消えるため、彼女のように魂が消滅しても意識があるなんてことはあり得なかった。
だからこそ女性は輪廻転生と受け止めたらしいが。
「異世界転生か……なんだか現実味ないですね。でもどうせなら新しい人生楽みたいですね」
などとお気楽に言う彼女にヴェンデルは呆れてため息をついた。
現状を思い返して頭をかく。
「……いや。あいにく今のままだと、楽しめそうにないぞ」
「? それってどういう」
「ちょっと魔王様ー、サボらないでくれるー?」
女性の声を遮るようにして、上空からレドッグの声が聞こえた。
「なるべく会わせたくなかったが」
声の下方を見上げ、ヴェンデルは少し苦い表情を浮かべて呟いた。
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