第4話「魔術を放つ人間」
電車で三時間ほど揺られ、二体目の勇者に近づくとアスティは七両目に戻っていった。
車窓からでも勇者や戦士の巨体が見える。
先ほどよりは戦士の数が圧倒的に少なく戦士が二体、勇者が一体である。
電車が停まると、皆が一斉に外に出る。
作戦に従ってヴェンデルたち一両目の会員が先に戦士を討伐し、その間他の会員たちで勇者を食い止めた。
しばらくして二体目の勇者は問題なく終わり、三体目に着く頃には空が藍色になって冷たい風が吹いていた。
車窓の外に広がるのは白い砂地の何もない平原。
そこを闊歩するのは、数十体の戦士と一体の勇者である。
戦士の数を見て全員驚き、アスティは嫌そうな顔をした。
「うっわ……戦士大量じゃん」
アスティの声につられるようにして、大量に群れている戦士にヴェンデルは眉を寄せた。
勇者の魔術射程圏内に入りレーザーが何発も放たれ、車体を覆う結界がそれを弾いて光の粒を散らしていた。
「おかしい。普通、戦士は多くて十五、いっても二十体弱くらいだが」
「パッと見、六十体以上いるねコレ」
たまに戦士が二十体以上いることもあるが、ここまでの大群はヴェンデルたちも見たことがなかった。
戦士の大群が迫ってきて壊掃電車が緊急停止する。
急ブレーキに身体を持っていかれながら、ヴェンデルたちは武器を取って車外へと身をさらけ出す。
ファンファニフの特効と共に、一斉に会員たちが戦士と人間の群れへ攻撃を始めた。
ヴェンデルは空を飛んで仲間から離れ、勇者の魔術を自分のみに引き付けつつ戦士たちを狩り始めた。
魔術で氷の礫を生成し戦士たちに向かって放つ。
しかし戦士を倒すにもキリがなく、仲間たちの体力が尽きる方が早いことは明白だった。
手元に魔法陣が展開され、レドッグから通信魔術が繋がれる。
『ヴェンデル、こんだけの戦士を相手にするにゃ長期戦は厳しいぞ。先に勇者を殴った方が良い気もするが』
『勇者に複数戦力を割いていると、すぐに戦士に囲まれて態勢を崩されて全滅します。勇者を先に討つなら少数精鋭で行くしかないですが……』
通信魔術にアスティが入ってくるが、その声はあまり明るいものではない。
彼が提案した少数精鋭で戦うにしろ勇者を討てるのは強者に限られている。
その中で通常会員たちが死なないような人選をする必要があるわけだが、戦況を安定させられる者は一人しかいない。
ヴェンデルは小さくため息をついて空中に槍を出現させた。
「俺がいくしかないか……戦士をやり過ごせるか」
『ああ』
『はい』
通信魔術からレドッグとアスティに問えば、二人の声が揃って肯定の意を返してきた。
返答を聞き、ヴェンデルは手の中で槍を回して下の空中に刃先を叩きつける。
足元で刃先が何かにぶつかるように止まって空間に波紋が入り、勇者の周囲に薄水色の巨大な結界が出現した。
手元に魔法陣を出して全会員に通信魔術をつなぐ。
「これから勇者を殲滅する。この結界に入った奴は、命の保証はしないからな」
今しがた張った結界は、勇者との戦いに他の会員を巻き込まないよう規制線の防壁としてのものだった。
ヴェンデルは通信を切り、結界の中まで転移して勇者の胸部の前に出る。
彼が来た瞬間、地面から巨大な黒紫の棘が出現しヴェンデルはすぐに目の前に結界を張って防いだ。
衝突の圧から後ろに圧されて眉を寄せる。
棘は結界に打ち当たって砕け散ったが、結界の方にもヒビが入り衝突部が破砕してしまった。
ヴェンデルは驚いて目を見開く。
しかし間髪いれずに上空から巨大な赤い光線が放たれ、前方から光の槍が何発も飛んできた。
左方に転移して光線を回避し、光線が地面に打ち当たって爆音を響かせ地を抉る。
茶色い土煙が広く充満し視界を占領していく。
何かの飛んでくる音がして、とっさに横に身体をそらせば頬の横を光の槍がかすめていった。
土煙の世界から槍が猛進してきて離れた場所に転移する。
しかし光の槍は追尾して襲いかかってきた。
ヴェンデルは自身の周りに結界を張り、槍が結界を食い散らして砕けていく。
槍の雨は止まらずなだれ込み、結界が破られる前にもう一層内側に結界を張る。
(この勇者、いつもの奴より魔力が多いな)
ヴェンデルは槍に押されて後退しつつ眉を寄せた。
結界は発動時に注いだ魔力に比例して硬さが変化する。
攻撃を受けた際、結界に注いだ魔力の方が多ければ傷一つなく攻撃を弾くことができる。
その逆で受ける攻撃の方が魔力を多く含んでいた場合、結界の方が押し負けて砕けてしまう。
ヴェンデルは普段から結界にさほど魔力を注いでいないが、勇者相手では今のように破砕されたことなど一度もなかった。
(このままじゃ攻めに入れないな。少し面倒だが……)
結界の近くに魔法陣が出現し、黒い光線が放たれて槍を大量に薙ぎ払った。
しかしそれでも勇者から槍が放たれ続け、ヴェンデルは手を前に出して魔法陣を複数展開させ黒い光線で槍を打ちながら勇者に接近する。
まるで接近を拒むように上空から電撃が降り注ぎ、左方から氷の礫が放たれ、右方からは炎の龍が襲いかかってくる。
ヴェンデルは四方に魔法陣を展開させて全ての攻撃を魔術で相殺し、勇者の巨体の懐へと入った。
勇者の巨大な腕がヴェンデルに向かって振り下ろされ、彼は横に飛行して避ける。
もう片方の腕が襲いかかって来て後方に転移回避し、槍を勇者の方へと向ける。
勇者の両肩の上に魔法陣が二つ展開され、巨大な電撃が発生して轟音と共に両肩を穿った。
電撃を受けて勇者の両腕が地面に落下し、衝撃音と土煙を広げていく。
ヴェンデルは槍を横に振り、突風が吹いて土煙を払いのけた。
赤色の虹彩に魔法陣が浮かび、視界の中で勇者の肉体が透過される。
巨大な肉体には広大なダンジョンが形成されていたが、勇者の胸部に強烈な魔力反応を示す結晶が見えた。
四方からくる魔法攻撃を魔法で相殺しながら、槍を前に出し勇者の胸部へ向ける。
その切っ先に魔力の白い光が集まり、膨大なエネルギーの魔力砲が放たれた。
砲撃は空気を裂いて轟音を響かせ、勇者の胸部に叩き込まれる。
しかし勇者の体躯に結界が張られ、甲高い音を鳴らして砲撃を上に弾き流した。
(やはり核近くの外壁は守りが硬いか。だが……)
確かに防がれはしたが、勇者の結界はヴェンデルの魔法を一撃受けてところどころ砕けていた。
勇者の魔術攻撃を相殺しつつ再び魔導砲を放つが、先ほどよりも込める魔力を倍増させていた。
再び轟音が世界を支配し、勇者は結界を二重に張り防ぐ。
ヴェンデルは引き下がらず砲撃を撃ち続け、そのたびに注ぐ魔力を増幅させた。
勇者の結界は何重にも重なり何度も防がれるが、回を増すごとに結界の欠損が激しくなる。
十撃目、ついに魔力砲が結界を打ち破り、勇者の肉体を貫いた。
しかし勇者の肉体は光の粒となって消えることなく、しっかりと地に足を着けたままである。
ヴェンデルは眉を寄せて、穿った穴、勇者の魔力限とも呼べるクリスタルのある場所へ目を向けた。
穴の周りからカケラが落ちて音を立て、肉体の中には土煙が充満していた。
一発軽く風の魔法を放って煙を飛散させる。
煙が晴れて見えた景色に、彼は目を見開いた。
「なんだ、これ……」
穴の中で、通常の倍以上の巨大なクリスタルが鎮座していた。
紫に輝く結晶は同色の結界で身を守り、四方から伸びる赤い血の蔦で覆われている。
それはまるで生き物の血管のようで。
蔦から血がこぼれてクリスタルの方へと集まり、その角から下へと雫を落とす。
その血だまりが徐々に何かを形成し始めた。
人のつま先のようなものが見え、やがて人型の、人間の少女が生み出された。
赤い血の肉体に生気のない目の少女は視線をヴェンデルに向ける。
瞬間、彼の背後を取って首に回し蹴りを叩きつけた。
ヴェンデルには即座に結界を張って攻撃を防ぐが、衝撃に押されて壁に吹っ飛ばされる。
結界で壁への衝突は避けられたものの、強烈な勢いに後ろの壁が崩れていた。
視線を壁にやり、もう一度少女の方を見直して眉を寄せる。
(なんだこの力……戦士ほどの巨体なら分かるが、こんな華奢な作りの人間の少女がなんで)
ヴェンデルが考えていると少女がこちらに手をむけて、彼女の目の前に魔法陣が展開された。
彼が目を見開き指先を動かすよりも先に、陣から莫大な魔力の砲撃が放たれた。
射出から着弾までのわずかな時間にヴェンデルは結界を形成し攻撃を受け止める。
しかし結界が貫かれ、彼がとっさに体をかたむけると同時に砲撃がヴェンデルの右腕を食いちぎった。
魔力砲はそのまま勇者の肉壁を破壊し、その奥に張っていた規制線防壁に衝突して光の粒となって飛散していく。
だが防壁の結界は衝突した部分が大きく損壊していた。
ヴェンデルは大量に血が流れる右肩を左手で押さえ、唇を噛んで冷や汗を流す。
(ッ……なんで勇者でもない人間が魔術を)
物理攻撃はまだ受けきれるが今の魔力砲の威力を断続的に出せるのであれば、魔術をまともに受ければ必ず結界を破壊されてしまう。
そこに待っているのは、確実な死である。
(死んでもどうせ生き返るが、コイツを放置しておくと他の奴らが危ない)
少女が再び魔法陣を展開し、一瞬の間もなく即撃する。
ヴェンデルは瞬時に転移して砲撃を回避し少女がこちらを見ると、手をクリスタルの方へ向け莫大な魔力を手元に蓄積させた。
彼女の視線がクリスタルへと移る。
ヴェンデルが魔力砲を放った直後、少女はクリスタルの前まできて結界を十層張り砲撃を受け止めた。
しかし
「魔力は馬鹿みたいに持っているらしいが……威力だけの代物だな」
ヴェンデルは口角を上げる。
少女とクリスタルの背後から先ほどの砲撃以上の魔力反応がして、彼女は勢いよく振り向いた。
少女の目に、巨大な魔法陣が映り込む。
黒紫の光が周囲を覆い、少女が手を動かすより前に、陣から光線が射出された。
膨大な魔力の光線が、結界ごとクリスタルと少女を食らいつくした。
クリスタルが砕けて勇者の肉体が崩壊し、少女と共に瓦礫となって地に落ちていく。
その勇者に生成された人間や戦士たちが一気に砂状と化して消滅する。
しかし勇者から出てきた大きな黄色の球体パラスはヴェンデルの元には行かず、地面に落下した少女へと吸い込まれていった。
彼女も人間のはずだが、なぜか消えずに形を保っている。
ヴェンデルは右腕を術で再生して少女のそばへと降り立った。
少女の赤い血の肉体が足の先から皮膚をまとい始め、他の人間と同じような体躯へと変化していく。
肩まで伸びた髪はエメラルドグリーンに染まり、身長が少し伸びて十代後半ほどの女性の姿に収まった。
変化が止み、まぶたが開いて見えた真っ赤な目は、生気を持って世界を取り込む。
『だれ……』
彼女が起き上がって視界にヴェンデルを捉えた瞬間、彼の脳内に女性の声が響いた。
ヴェンデルは頭に流れてきた声を聞いて目を見開く。
敵意が全く感じられないため攻撃態勢は取らないが、警戒は緩めないまま顎に手を当てて女性を見た。
「思考を持つ人間か。新種……進化というべきか。突然変異体か」
「あ、あの……あなたは? これはいったい、どういう状況なんでしょうか」
「!! ……驚いた。言語能力があるのか。しかも俺と同じ言語に合わせているのか? 何故だ。魔術か何かで補填しているのか?」
「え、あ、あの」
ヴェンデルが興味深そうに言葉を叩きつけてくるが女性は戸惑った様子でいた。
彼女はヴェンデルをジッと見つめる。
「にしても見たことないアバターですね。追加衣装とかですか?」
「……は? なに言って」
「でもこの景色のフィールドも見たことない。ガンパレード・オルタナティブ2やってたのに、変なとこ押して他のゲームに切り替えちゃったかな?」
女性の発言にヴェンデルは瞠目して口が半開きになる。
「お前それ……」
「ログアウトしなきゃ。すみません、勝手に割り込んじゃって……あ、あれ? ログアウトボタンが出ない」
女性が指で空中を叩くが、何も起こらず怪訝そうな顔をする。
ヴェンデルはその仕草に見覚えがあった。
「お前、まさか日本人か」
「え? そ、そうですけど」
「……だから俺にも言葉が分かるのか」
少し呆れたような声で言い、悩ましげに頭を押さえる。
状況が分からない女性は不思議そうに首をかしげていた。
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