第3話「ノルマ未満は減給、激励手当は宝石」

 人間たちがどんどん倒されていき、巨大な石像の戦士も一体ずつだが確実に討伐されていく。


 ファンファニフは戦況を見て人間と闘うのを一旦やめ、人間に触れられないよう上に飛んだ。


「ちょっと名残惜しいけど、勇者の中の迷宮に仲間が入られると困るからこっちもそろそろ終わらせるか……」

「お前まさか信徒化して一撃で仕留めるつもりか?」


 追いついたレドッグが彼女の隣に来て尋ねた。


「普通よりは体力使うけど、そっちの方が早く終わるでしょ。悔しいけど、勇者や戦士を倒せるのは魔王様くらい……私たちじゃ、勇者の一体目から迷宮に入ってたら後が遅くなって五体を倒す頃には三日以上経つし」

「それもそうだが……やめとけって。アレはだいぶ負担が」

「大丈夫だって、すぐ復帰できるし。体力も魔力もたぶん二体目までの移動時間で回復するわよ……倒し終わったらフォロー、頼むわね」

「あ、おい!」


 ファンファニフはレドッグの静止を無視して空中を軽く蹴り、重い斧を持ったまま急速に上空へ飛び上がった。


 少し登った程度では巨大な石像の頭の上には辿り着かない。

 急上昇し、しばらく時間が経ってようやく石像の上まで来た。


 ファンファニフは肩で息をし、目を伏せ胸に手を当てて呼吸を整える。


 上空の冷たい空気が白雲をゆっくりと流していた。

 彼女は再びまぶたを開き、言葉を発する。


「我は種のしきたりに仇なした穢れの天使。されども神に絶対の信仰を抱きて請願する。万象の理を読み解き、神の力を借りし信徒となりて我が宿敵を打ち砕かん。全ての母たるアリシア神にこの身の全てを捧げる」


 瞬間、胸部から強い金色の光が放たれ、足元に白い魔方陣が出現した。


 ファンファニフは自身の光る胸へと、手をめり込ませた。

 身体を破壊していく嫌な音がなり、赤い血が噴き出る。


 彼女は眉を寄せ、冷や汗が額から流れた。

 口からも赤い血があふれ、下へと落ちていく。


 足元の白い魔方陣が、ファンファニフの血を吸って赤く染まっていった。


 ファンファニフが自身の身体に入れた手は、そこにある心臓ではなく、どこかにある揺れ動く青い魂を捉えた。


「我が懇請を掬い今ここに顕現せよ――『信徒アリス』!!」


 大きく叫び、彼女は自身の魂を手で握り潰した。


「ッ!」


 ファンファニフは大きく目を見開き固まってしまう。

 数秒して、彼女の紫の瞳が赤くなり破壊された魂が修復していった。

 まるで何かに操られているかのように感情のない顔つきになる。


 彼女は斧を肩の上まで持ち上げ強く握り締めると、斧を構えて勇者の頭に向かって急下降した。

 そのまま大きな斧を勇者の頭部に向かって振り下ろした。


 石像の硬い頭に斧の刃が突き刺さる。

 ファンファニフの体内にある魔力が手に送られ、それが斧へと伝達されて斧の刃が黄色く光った。


 彼女が柄を握る手に力を入れた瞬間、黄色い斬撃が放たれる。

 それは大きな破壊音を響かせて、石像の頭部から足元まで真っ二つに砕いた。


 二つに割られた石像の中には迷宮が覗き、その体躯が傾くと中にいた大量の人間が外に放り投げられて落ちていく。


 割られた石像の眼球部分に当たる場所に、紫に耀く結晶、クリスタルが見えた。


 ファンファニフはそこに銃を向ける。

 バレルに刻まれた魔方陣が白く発光して銃口の前に白い魔方陣が一つ、二つ、三つと展開された。


 彼女がトリガーのレバーを引くと、強い反動と共に一発の弾丸が射出される。

 それは三つの魔方陣を通り抜け、クリスタルを穿つ。


 周りの空気が一気にそこに吸い込まれ、巨大な破裂音と共に爆裂した。


 クリスタルが爆破されて砕け、その勇者に生成された人間たちが一気に砂状と化して消滅する。


 黄色い球が大量にファンファニフの腕へ集まる。

 勇者から出てきた、一際大きな球は彼女に吸い込まれて右腕に黄色い線を刻んだ。


 ファンファニフの手から、斧が滑り落ちて空中で消える。

 彼女は糸が切れたように意識を失い上空から落下した。


「おっと」


 レドッグが下まで転移し、ファンファニフを受け止める。

 手に触れる彼女の腕は異様に冷たくてレドッグは眉を下げた。


「……お疲れ」


 優しく労いの言葉をかけ、彼女を抱えて電車へと戻った。


 既に他の戦士たちは全て討伐されており、電車の一両目ではヴェンデルが治癒魔術で負傷者を回復させていた。


 会員は全て車内に戻ってきている。最後にレドッグたちが帰ってきた。

 ヴェンデルは彼からファンファニフを預かって座席に寝かせる。


「勇者の方に行ってた奴らの帰りがやけに早いと思ったら、ファンファニフが信徒化して勇者を倒したのか。戦士たちを倒し終えたらそっちに合流するつもりだったんだが」

「俺も二人で倒そうと思ってたんだけどなあ。迷宮に入ったら時間がかかるってんで一人でやっちまいやがったよ」

「ファンファニフの言い分は分かるが、そのやり方は精神的な負担が大きいだろ。信徒化は限りなくゼロに近い状態まで強制的に魔力と体力を捻り出すんだ。それが完治するには時間がかかるぞ」

「そのくらい移動してる間に回復するわよ」


 ファンファニフの体が座席に寝かされているなか、後ろから彼女の声が聞こえた。


 ヴェンデルたちが振り返れば、ファンファニフが車両床に描かれた魔方陣の上に立っていた。

 転移の魔術の魔方陣であり、彼女は国の駅から壊掃電車内に移動してきたようである。


 ファンファニフは座席の上に置かれた自分の体を見て眉を寄せた。


「ちょっと。また私の身体残してんの? 良いって言ってるのに」

「そうは言っても自分の体だろ。もっと大事に」

「擬似魂は本体とリンクさせてあるからいーの。記憶や戦闘の業務実績だって引き継がれてるわ」


 ファンファニフはヴェンデルの言葉に被せて言い、自分の右腕に目を落とす。

 そこには先ほど、勇者を倒した時に刻まれた黄色の線があった。


 彼女は意識のない自分の肉体の前まで来る。


「身体なんて、ただの器にすぎないわ。どうせ代えが効くんだし」


 淡白に言うその表情はどこか哀しげで、彼女は手を出して紫の魔方陣を展開させる。

 バキッと音が鳴ってもう一つのファンファニフの肉体に亀裂が入り砕け散った。


 ガラスが割れて飛び散るような細かな音が鳴り、それが収まると車両には静寂が生まれた。


 それより、とファンファニフが張り詰めた空気を打ち破る。


「もう十二時じゃないの。この調子で行くと帰るの明日の夕方前になるわよ」


 ファンファニフは腰に手を当ててため息をついた。


 朝に電車が走り始めてから数時間経ち、もうすでに十二時になっている。


「早く次に移動しましょ、パセリケパーク」


 誰かに向けて言うが、その返事はなく電車のドアが閉まり発車し始めた。


 ファンファニフが口を尖らせて一つ息をつく。


「まったく、ちょっとの会話くらいはしなさいよね。これだから機械種は」

「ぬおわ!!」


 ファンファニフがその言葉を口にした瞬間、電車が大きく左右に揺れて中にいた者たちは慌てて座席を掴んだ。


「こういう一方的な『コミュニケーション』は好きなとこ、ほんと子供ね」


 ファンファニフは嫌味を呟き座席に座って足を組んだ。


「お前らちょっとは仲良くしろ。一応仲間だぞ」


 ヴェンデルが呆れて隣の席に座る。レドッグも彼と向かい合う席に腰を下ろした。


「仲間と思ってるのは私たちだけかも知れないわよ。機械種は皆いっつも冷たいし」

「ソレお前にも当てはまるけどな」


 レドッグは半目でそう返し、魔術で瓶の栄養ドリンクを出して飲む。


 ヴェンデルが通信魔術を使ってアスティを呼んだ。


「アスティ、さっきも言ってたが次までは三時間くらいか?」

『はい。次の勇者の出現地点まではそのくらいですね。この移動時間で昼食を取っておいた方がいいかと』

「じゃあアンタもこっち来て一緒に食べなよ」


 ファンファニフが誘ってきて、『え』という驚いた声が通信魔術の魔方陣から聞こえてくる。


『いや、僕は七両目の担当ですし』

「どーせ今は外に人間いないでしょ。二体目の勇者に近づいてきたら後ろに戻ればいいわよ」

『けど車両のリーダー枠が抜けるっていうのは……』

「いーんじゃねーの? 七両目は指定会員が八人以上いるから大丈夫だろ」

「俺もお前と今日の業務について直接話したい。どうだアスティ」


 ヴェンデルに誘われて戸惑ったような声が魔方陣から聞こえる。


『わ、分かりました。ヴェンデルさんと一緒にお食事できるなら……』


 少し遠慮がちにアスティは承諾する。

 彼は挨拶を済ませて通信を切り、最後尾の七両目から前に向かった。


「いやー、やっぱ魔王様は社内でも人気だねェ」

「別にそんなことはないだろ。そう見えるものの大半は『激励手当て』が目的だろうしな」


 ヴェンデルはレドッグに言われて嬉しくなさそうに返した。


「まあ俺たちの給与はパラス値に左右されるからねえ」


 パラスとは人間を倒した後に出てくる黄色い球のことである。


 倒した人間から得る生命力のことであり、明確な数値で表すことができるものである。


 人間を討伐する掃除屋は日給制であり、倒した人間からパラスを獲得して持ち帰り上司に報告する。

 そこでいくらかパラス値を抜き取られ、その後に給料をもらうことができる。


 ただ残ったパラス値は給料とは別に私生活の通貨として使えるのである。


 この世界はヴェンデルたちの国も含め全ての国が共通して「リブル」という通貨を利用している。


 しかし、数百年前にパラスを魔力に変換できる魔術が開発された。

 パラスの利用価値が生まれて以降、それを活用して街で物の売買ができるようなっている。


「パラス値のノルマ超えてない社員は減給されるからねえ」

「アルバイトも含め皆、必死そうだよ。そりゃあ『激励手当て』が宝石みたいに輝いて見えるもんだよ」


 ファンファニフに続けてレドッグは苦笑いして言った。


 ノルマを満たしていなければ、ノルマとの差に応じて日当が減らされる。

 少しもパラスがない場合、給与がゼロの日も出てくる可能性があるのだ。


 あまり成績が振るわない者は、上司が抜き取った残りのわずかなパラスだけで生活していたりする。

 給与が貰えない分パラスは命綱だった。


 各車両パーティのリーダーには、他の者がそばで戦うとその人のパラス値が倍になって蓄積される魔術が施されている。

 それが「激励手当て」なのだが、それ目当てに車両リーダーにゴマをする人も多いのである。


 特にターゲッティング車両は他の車両より手当てが多くなるようになっていた。


 中でも一両目のリーダー、ヴェンデルに関しては五倍になる。

 彼は幾人も、手当て目的の会員たちを見てきていやけがさしていた。


「いやー、ほんと激励手当てには助かってるよ。ありがとう魔王様、一生信仰するわ」


 ファンファニフは遠慮の欠片もなく笑う。

 ヴェンデルが「他人事だと思って」と彼女を半目で見た。


「大体の困窮層の原因はお前だろ。あんだけ人間狩りやがって」


 通常会員がパラスのノルマを達成しにくいのには、強い指定会員たちが人間たちを狩り尽くしてしまうという原因もある。


 特にファンファニフがいる時に関しては、彼女が人間の大半を一気に討伐してしまう。


「人間を倒せないのはそいつの実力不足だよー。私のせいにするの酷いなあー、ファンファニフ泣いちゃうよー」

「なんかウザいなお前。殴っていいか」

「ちょ、魔王様落ち着いて!」


 立ち上がったヴェンデルをレドッグが苦笑いして宥めた。


「んでも、アスティは手当に関係なくアンタを慕ってると思うよ。あの子真面目だから」


 ファンファニフは窓枠に頬杖をついて外を眺める。


 彼女が一両目のメンバー以外を気にするのは、なかなか珍しいことである。


「ファンファニフも俺たち一両目パーティ以外の会員じゃアスティのこと気に入ってるよな」

「……まあね。私が堕天して天使族から追放されたとき、ご飯作って宿も貸してくれた子だし。ちょっと真面目すぎるけど」


 レドッグに言われてファンファニフは外を眺めながら答えた。

 昔を思い出して少し目を伏せる。

 ヴェンデルはフッと笑った。


「お前はアイツに胃袋掴まれたんだな」

「そういうアンタらだってアスティにご飯たかってんじゃん」

「当たり前だろー。アイツの飯はこの世で一番美味いんだから」

「仕事もしっかりできて美味しい飯が作れて、堅実さと優しさも持ち合わせている。完璧な奴だよ」

「んんっ!」


 レドッグとヴェンデルが褒めていると、後ろから咳払いが聞こえてきた。


「あの……そういう話、照れくさいんで止めてもらって良いですか」


 そこには、金髪の若い男がいた。整った顔立ちに綺麗な青い目の爽やかな青年。


 彼はアスティグ・パヴィージ。

 ヴェンデルたちの後輩であり、十九歳という若さで指定会員になりターゲッティング車両のリーダーに抜擢された実力者である。


「お! 華のない一両目にイケメンとーじょー」

「見た目はまさに空想小説の爽やかな王子そのもの。『犬』とは正反対だわ」

「おまっ、失礼すぎるだろ!」


 はやし立てるレドッグをファンファニフは犬呼ばわりした。


 アスティは口喧嘩する二人に呆れてヴェンデルの隣に座った。


「……この車両は相変わらず騒がしいですね」

「お前が来てくれるから余計嬉しいんだろ」

「このパーティーご飯に飢えてる人しかいませんからね。ちょうどいい時間帯ですし、お昼食べながら業務の話でもしましょうか。ちゃんと持ってきましたよ」


 アスティは苦笑いして魔術でテーブルを生成する。

 術で空間を裂き、そこから料理をいくつか出してきて机に置いていった。


 ステーキにチャーハンやハンバーグ、ラーメンやデザートと全く統一性がないメニューである。


「おおー! アスティの飯! 私も食べる!」

「おい押すなって」


 ファンファニフがレドッグを端に押し除けて椅子に座り、彼は不満そうにした声をもらした。


 アスティが空中に手をかざすと青色の小さいスクリーンが四人分、現れて文字や資料が並んだ。

 ヴェンデルたちはそのスクリーンを指で操作して資料を流し見る。


 四人で卓を囲み昼食を取りながら、アスティは今日の仕事の話をし始めた。


「残り四体の勇者はどれも三時間ほど離れた距離に点在しています。移動を三時間、戦闘を四時間で計算していくと次に勇者の元に辿り着くのは十五時、その次の勇者は二十二時、次は二十九時、最後の勇者は明日の七時。帰国は昼過ぎくらいになるかと」


 どうやらこの世界の時間は、一日三十時間らしい。

 三十時間あっても彼らの今日の任務は日を跨ぐもののようである。


 サンドイッチを食べていたファンファニフが「でも」と言葉を挟んだ。


「途中で安全地区に入って物資調達すると思うから、もう少し遅くなるかもね」

「その事なんですが、ルートを鑑みて今回立ち寄る安全地区は『氷中都市シェード』の一国だけのようです。それ以外だと一番近いところで『聖剣ノ塔アテネ』になりますが……」

「アテネまで六時間かかるか」


 ヴェンデルはスクリーンを見て顎に手を当てた。


 人間がはびこる広い無法地帯の中で五つだけ国が存在する。

 ヴェンデルたちの国も含まれるそれらは『五大安全地区』と呼ばれ、壊掃電車が途中で休憩と物資補給のために入国することもある。


 また、その国から壊掃電車に途中乗車してくる他国の会員もいる。


 普通は勇者を五体も倒すとなれば二国ほど入国する。

 しかし今回、勇者が出現した場所で近い国が一国しかなかった。


「六時間かかるならそっちには寄らずに、シェードで買い溜めた方が良さそうだね」

「幸いシェード統治者のセシル様は友好的ですし、もしかしたら今回の任務を手伝ってくださるかもしれません」


 アスティがファンファニフに続いて言うが、ヴェンデルは「どうだろうな」と若干、否定の意を混ぜた。


「? どういうことですか? セシル様と魔王様は仲が悪いとは思えませんが……」

「まあ他の国の統治者たちと比べれば仲悪くはないな。だが……信頼されてるとも言えないんだよ。アイツには」


 ヴェンデルはアスティから目を背けるように窓の外を眺め、ハンバーガーを頬張った。


「それよりほら、戦闘の作戦会議だ。さっきのファンファニフみたいに信徒化しなくていいようにしないとな」


 彼は話題を変えて、次からの戦闘の作戦を練り始めた。

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